抗がん剤取り扱いのリスクと曝露対策
− 抗がん剤を取り扱う医療従事者の健康リスク −
抗がん剤の曝露のリスク
抗がん剤は、がん細胞に対して抗腫瘍効果を持つ一方で正常細胞にも影響をもつものが多い。米国国立労働衛生研究所(NIOSH: National Institute for Occupational Safety and Health)では、2004年に発行したNIOSH Alert 2004の中で、抗がん剤をはじめとするHazardous Drugsを発がん性,催奇形性,生殖毒性,低用量での臓器毒性,遺伝毒性及びこれらに類似する構造と毒性プロファイルを有する新薬と定義している1)。Hazardous Drugsへの曝露は、Hazardous Drugsの搬送、調製、投与、汚染された廃棄物や投与を受けた患者の排泄物の取り扱いなどの一連の行為を通じて起きる可能性がある。これらに関わる医師、看護師、薬剤師、搬送業者、清掃業者、廃棄物処理業者、リネン業者、患者のケアをする人などには、Hazardous Drugsへの曝露リスクがあり、複数のHazardous Drugsを低用量ながらも長期間にわたり曝露することによる健康被害を懸念しなければならない。
抗がん剤に曝露することで多くの健康被害が報告されている。Fransmanらは、シクロホスファミドに曝露された看護師は、曝露していない看護師よりも妊娠までの期間が長く、早産および低出生体重がわずかであるが有意に増加することを報告している2)。また、Lawsonらは、妊娠初期(第1期)に毎日1時間以上抗がん剤に曝露された看護師では、自然流産が2倍に増加し、有意差を示したことを報告している3)。McDarmidらは、化学療法を受けた患者の2次性発がんで見られる5番、7番染色体の異常が、抗がん剤を取り扱う医療従事者にもみられ(IRR=1.20)、アルキル化剤の取り扱いだけでみると5番、7番染色体の異常は、取り扱わない医療従事者と比べて2倍から4倍であったことを報告している4)。
これらの事例からも、Hazardous Drugsによる曝露を最小限にとどめるために、Hazardous Drugsを扱う職種に対して安全対策やその教育を講じる必要がある。
抗がん剤の曝露経路
Hazardous Drugsの主な曝露経路として、皮膚吸収,吸入,経口摂取などが考えられる。特に皮膚吸収が抗がん剤の主要な吸収経路であると考えられている。また、汚染された環境表面や物質への接触、抗がん剤採取に使用した針による針刺し事故などにより起きる。バイアルの外側に付着したHazardous Drugsに触れることも一因である。抗がん剤投与を受けた患者の排泄物や寝具、漏れた抗がん剤も汚染源となる。
また、経口摂取は、作業エリア内での飲食などにより汚染された食物を摂取したり、汚染された手指や物などを口に入れたりすることで起きる。吸入による曝露は、皮膚と同様に重要な曝露経路である。気化あるいはエアロゾル化(飛沫、微粒子など)したHazardous Drugsを吸い込むことにより起こる。
抗がん剤の曝露対策 〜ヒエラルキーコントロール〜
抗がん剤をはじめとするHazardous Drugsの曝露を予防するために、ISOPP Standard and Practice 2007では、ヒエラルキーコントロールの考えを用いて曝露対策を推奨している5)。
Hazardous Drugsの曝露対策には、安全キャビネットまたは抗がん剤調製用アイソレーターの使用(CACI:Compounding Aseptic Containment Isolator),曝露対策薬品の使用,個人防護具(PPE:Personal Protective Equipment)の着用や閉鎖系器具の使用などがある。ISOPP Standard and Practice 2007ではレベル1から4までのヒエラルキーを用いた曝露対策を推奨している(図1)。ヒエラルキーのレベル1は安全な薬への変更である。より毒性の無い薬品への変更であるが、これはレジメンの変更にもなり治療効果も変わってしまうことが多いため、この変更は困難である。レベル2として閉鎖系器具の使用を推奨している。現在、国内で使用できる閉鎖系器具は、BD-PhaSeal®(日本BD),Chemo crave®(パルメディカル),ケモセーフ®(テルモ)の3種類が発売されている。レベル3にバイオハザード対策用キャビネットや抗がん剤調製用アイソレーター(CACI),レベル3Bに人員配置による曝露時間の短縮および曝露対策教育、レベル4に個人防護具(PPE)がある。抗がん剤曝露には、これらのレベル1から4の内どれかを行うのではなく、これら全てを組み合わせて用いる必要がある。
抗がん剤曝露は、皮膚吸収,吸入,経口摂取により起こると考えられている。抗がん剤を取り扱う環境汚染に関する報告も多く発表されており、汚染された環境からの皮膚吸収が曝露の一番の要因とされている。医療従事者の抗がん剤曝露は、長期間にわたり複数の抗がん剤に曝露する可能性が高く、それによる健康被害の可能性が懸念されている。健康被害については、本文中に紹介した以外にも、多くの事例が報告されている。こうした健康被害を防止するためにヒエラルキーコントロールに沿って抗がん剤対策を検討し、実践する必要がある。
- 1) NIOSH Alert 2004 (http://www.cdc.gov/niosh/docs/2004-165/)
- 2) Fransman W, Roeleveld N, Peelen S, de Kort W, Kromhout H, Heederik D. Nurses with dermal exposure to antineoplastic drugs: reproductive outcomes. Epidemiology. Jan 2007;18(1):112-119.
- 3) Lawson CC, Rocheleau CM, Whelan EA, et al. Occupational exposures among nurses and risk of spontaneous abortion. Am J Obstet Gynecol. Apr 2012;206(4):327 e321-328.
- 4) McDiarmid MA, Oliver MS, Roth TS, Rogers B, Escalante C. Chromosome 5 and 7 abnormalities in oncology personnel handling anticancer drugs. J Occup Environ Med. Oct 2010;52(10):1028-1034.
- 5) ISOPP standards of practice. Safe handling of cytotoxics. J Oncol Pharm Pract. 2007;13 Suppl:1-81.