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2017.5.25

抗がん剤取り扱い手技の定量的評価法の確立

カテゴリー: 曝露対策
公立陶生病院 薬剤部 薬品情報室 主幹 勝野 晋哉 先生
公立陶生病院 薬剤部 薬品情報室 主幹 勝野 晋哉 先生

 抗がん剤の調製および投与時における職業性曝露は、がん治療に携わる医療従事者の安全を守る上で改善すべき重要な課題である。近年のがん化学療法の進歩はめざましく、外来化学療法の実施件数は年々増加し、投与方法も複雑になってきている。このような状況の中、多くの医療従事者が抗がん剤の調製や投与時に不安を抱えながら業務に従事しているのが現状である。
 抗がん剤の曝露は極微量であり、視覚的にとらえることが難しいため、汚染状況を客観的に評価することが困難である。日常の業務の中で汚染を減らす目的で実施している手技が、実はあまり意味がない行為であったり、逆に抗がん剤曝露を助長している可能性もある。抗がん剤の取り扱い手技を評価する目的で、漏出した抗がん剤そのものの定量分析を行うには、多くの医療機関は外部の検査機関に測定を依頼するしかない。また、検査機関に依頼する場合においても、高額の費用を要することから、全ての施設全体に普及させることは難しいのが現状である。
 そこで我々は、手技による汚染が確認し易い物質を模擬抗がん剤とし、汎用分析機器を用いた評価法を確立することで、一般病院においても実行可能な抗がん剤の取り扱い手技の客観的評価ができるのではないかと考えた。安全性が高く、安価であり、入手が容易なフルオレセインナトリウム(以下、FL-Naと略す)および水性染料系赤色インキ(以下 赤インキと略す) を模擬抗がん剤として手技を行い、汚染された部位の洗浄液の蛍光強度および吸光度から漏出した模擬抗がん剤の量を推定することで、手技の客観的な評価を行ったので、その結果の一部を紹介する。

<FL-Naを用いた評価の1例>
抗がん剤調製時におけるフラッシュの漏出防止効果の評価 1)

 抗がん薬調製マニュアル2)では、輸液ボトルへ溶解した抗がん剤を注入し、注射針を抜去する際に、少量の輸液によるフラッシュが推奨されており、ボトルのゴム栓を上に向けて注入を行った場合には、「輸液ではなくエアーでフラッシュしてもよい」と記載されている。この手技を、フラッシュを行わなかった群、フラッシュをエアーで行った群、フラッシュを輸液で行った群について、漏出液量を回収した洗浄液の蛍光強度から評価した。
 その結果、フラッシュを行わなかった群、エアーで行った群、輸液で行った群における漏出FL-Na量は、それぞれ2.38±1.99μg、0.84±0.45μg、0.04±0.03μgとなり、統計学的有意差は認められなかったが、輸液でフラッシュした群が最も少ない傾向であった(図1)。抗がん薬調製マニュアルに記載されている通り、フラッシュを行うことは有効であると考えられるが、エアーで行うよりも輸液で行った方がより効果が高い可能性がある。

図1 フラッシュによる漏出防止効果

<赤インキを用いた評価の1例>
びん針の形状が漏出液量に及ぼす影響の評価 3)

 抗がん剤で汚染したびん針を抗がん剤ボトルへ抜き差しする際、びん針の形状の違いによる漏出液量の変化を、直付きびん針(T社製)、2種類の中間チューブ付きびん針(T社製、C社製)を用いて検討した(図2)。

図2 びん針の形状

 それぞれのびん針において模擬抗がん剤(赤インキ)で汚染したびん針を作成し、別の輸液ボトルに穿刺した後、穿刺部を洗浄し、洗浄液の吸光度を測定した。その結果、直付きびん針(T社製)では、7.33±7.63μLの漏出がみられ、しかも手技毎にばらつきが大きく、最大約30μLの大量漏出がみられることもあった。一方、中間チューブ付きびん針の漏出液量は、T社製は0.2±0.01μL、C社製は1.1±0.87μLであり、両製品ともに直付きびん針(T社製)よりも漏出液量は有意に少なく、安定していた(図3)。

図3 びん針の形状が漏出液量に及ぼす影響

 抗がん剤投与において、びん針の抜き刺し行為は決して安全な手技ではないため、得られた結論は通常の投与時に推奨すべきものではない。しかし、臨床の現場でやむを得ず行わなければならない状況下では、有用な知見を提供するものであると考える。

まとめ

 今日までの職業性曝露対策は、日々の業務の中から問題点を抽出し、対策を立案することが繰り返されてきた。しかし、“なんとなく良さそうだから”で対策を行うのではなく、実施した対策については、客観的に評価をすべきである。不必要な対策を継続することは、医療従事者を疲弊させ、さらには医療資源の浪費につながる。今後は、一つ一つの対策が有効であるかどうかを客観的に評価し、真に有効な対策のみを業務に取り入れていく姿勢が重要である。また、使用している器具や環境は施設毎に異なるため、対策を施設毎に検討する必要がある。与えられた情報を受動的に取り入れるだけではなく、その情報が本当に有効であるかどうかを科学的に吟味し、能動的に取り入れて対策を実行していくことが、今後の職業性曝露対策を前進させていく上で大切である。

【引用文献】
  • 1) 勝野晋哉, 鷹見繁宏, 立松三千子, 金田典雄:フルオレセインナトリウムを用いた抗がん剤取り扱い手技の定量的評価法の確立と応用. 医学と薬学 71(3):
    417-425, 2014.
  • 2) 日本病院薬剤師会監修:抗悪性腫瘍剤の院内取扱い指針 抗がん薬調製マニュアル 第3版, じほう, 2014
  • 3) 勝野晋哉, 鷹見繁宏, 立松三千子, 金田典雄:抗がん剤投与時における取り扱い手技の定量的評価法の確立. 医学と薬学 71(3): 427-435, 2014.
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