免疫チェックポイント阻害薬による
免疫関連有害事象マネジメント④
~資材活用による介入事例(内分泌障害)~
資材を活用した院内連携・患者教育による、
最適なマネジメントの実践
ペムブロリズマブ投与に伴うirAE発現症例の紹介(甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症)
標準化された検査項目・所見の評価とアルゴリズムに沿った実際の対応
患者及び家族の理解向上のための工夫と実際の対応
近年、免疫チェックポイント阻害薬(immune checkpoint inhibitor:ICI)の登場で、様々ながん種の治療が一変しており、ICI使用患者は劇的に増加している。その一方で、ICIは従来の抗悪性腫瘍薬とは異なる作用機序と毒性プロファイルを有しており、特に免疫関連有害事象(immune related adverse event:irAE)1,2)の対応は、患者のみならず医療従事者においても大きな課題となっている。薬剤師はirAEの重篤化を防ぐために、患者とその家族にirAEに対する正確な知識を提供し、その対応策について教育する役割を担っている。また、irAEモニタリングにおいては、下痢や皮疹など臨床的に明らかである症状に加えて、軽微な倦怠感や動悸、息切れなどの症状で始まるものもあるため、重篤なirAEに発展する可能性のある自覚・他覚症状がないかを確認する必要がある。
本稿では第4回目として、先に紹介した検査項目・対策アルゴリズムの標準化、ならびに患者教育用資材の活用によりirAEの早期発見・対応につながった症例について紹介する。
1. 症例の概要と治療経過
本症例はirAEとして甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症が認められた症例である。
当院オリジナル資材を活用して適切に評価・対応を実施した結果、ホルモン補充療法開始後に速やかに症状は改善し、ICI再投与を行うことができた。
症例
80代・男性、PS 1
尿路上皮癌術後再発に対し、二次治療としてペムブロリズマブを導入
治療経過
治療開始前
スクリーニング検査
WBC : 7680 /μL , %EOS : 2.9 % , Na : 143 mmol/L , BP : 121/83 mmHg
※基準値 KL-6 : 500 U/mL 以下 3)
患者指導
本症例は高齢であり、同居家族も含めてirAEに関する情報提供を実施。
治療開始後
1日目: | 入院にてペムブロリズマブ初回投与。 |
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22日目: |
外来へ移行し、ペムブロリズマブ2回目投与。 問診、自覚できる有害事象、検査所見は異常なし。 |
43日目: |
ペムブロリズマブ3回目投与日。 副作用確認シート(詳細は連載第3回を参照)を使用して問診。 本人より聴取:「ずっと風邪が治らない」「食欲もない」 家族より聴取:「熱はありません」「1週間前からずっとだるそうな感じ」 |
フォローアップ検査
WBC : 9180 /μL , %EOS : 7.3 % , Na : 128 mmol/L , BP : 102/73 mmHg
※基準値 TSH : 0.45 - 4.50 μIU/mL , FT4 : 0.7 - 1.5 ng/dL 3)
追加検査
※基準値 ACTH : 7 - 56 pg/mL , コルチゾール : 5.0 - 17.9 μg/dL 3)
ペムブロリズマブ中止。 汎下垂体機能低下症(甲状腺機能低下症、副腎皮質機能低下症)疑いで入院。 |
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44日目: | ヒドロコルチゾン100 mg/生食100 mL 静脈内点滴施行。 |
45日目: | ヒドロコルチゾン錠 15 mg/日 内服投与開始。 |
50日目: | レボチロキシンナトリウム錠 50 μg/日 内服投与開始。 |
52日目: | 身体症状改善。 |
53日目: | 負荷試験を実施し「甲状腺機能低下症」「続発性副腎皮質機能低下症」と診断。 |
55日目: | ホルモン補充療法継続中、身体症状の悪化なく経過。 |
64日目: | ペムブロリズマブ投与再開。(3回目投与) |
2. 薬剤師による介入
本症例における資材活用と介入のポイントを紹介する。
●スクリーニング検査の評価:KL-6高値
胸部CT画像検査の依頼。呼吸器内科へのコンサルト依頼。
ICI治療導入の可否を決定するためのスクリーニング検査の結果を確認し、irAEの重篤な副作用である指標に異常が見つかった場合は、専門診療科にコンサルトを行っている。
本症例の場合、間質性肺炎の指標となる「KL-6」が高値であったため、胸部CT画像検査の追加と呼吸器内科へのコンサルトを主治医に依頼した。画像所見に異常なく、ICI導入の方針となった。治療開始後もKL-6モニタリングを継続することによって、安全にICIによる治療を行うことができた。
●irAEについての患者教育、家族への情報提供
患者教育、理解度確認のためのテストを実施し、irAEに関する知識の定着を目指す。
同伴の家族へも情報提供。
特に間質性肺炎の指標であるKL-6がスクリーニング検査で高値であったため、間質性肺炎の自覚症状と、症状発現時の対応について重点的に説明を実施した。
また、患者・患者家族の理解度を、irAE患者理解度確認テスト(図1)を実施し確認を行ったことで、軽度な自覚症状でも医療従事者への訴えに繋がった。
●副作用確認とフォローアップ検査、追加検査の実施
身体所見、検査所見から内分泌疾患を疑い、追加検査(ACTH、コルチゾール)を依頼。
TSH上昇、FT4低下 ⇒ 甲状腺機能低下症疑い
倦怠感、食欲低下、好酸球増加、低Na血症、低血圧 ⇒ 副腎皮質機能低下症疑い
ACTH低下あり、内分泌内科へのコンサルト依頼。
副作用確認シートを用いることにより身体所見を漏れなく聴取でき、irAE対策アルゴリズムの身体・検査所見を参考に、甲状腺機能低下症を抽出することができた。加えて、検査値一覧を参考に追加検査を実施したことで、副腎皮質機能低下症の早期発見に繋がった。
ホルモン補充療法を早急に開始することができ、重篤な内分泌障害に陥ることなく、ICIでの治療を再開することができた。
●補足:副腎クリーゼの回避
副腎皮質機能低下症と甲状腺機能低下症を合併する場合、ヒドロコルチゾンの十分な補充を行わずにレボチロキシンを使用すると急性副腎不全(副腎クリーゼ)を引き起こす。4,5)
本症例では、早期に内分泌専門医の介入があったことで、適切な順番でホルモン補充療法を実施でき、副腎クリーゼを回避することができた。
以上のように、本症例においては、様々な場面で院内作成資材を活用して介入をしたことにより、各職種が共通認識でirAE対応を迅速に実践することができた。
irAEの発現時期や危険因子などは明らかになっておらず、適切な対処法も確立したものはない。さらにirAEは臓器を問わず全身にわたって認められることから、単診療科での対応は困難である。
重要なことは、患者の異変を疑った時点で検査を行い、専門医にコンサルトすることで、早期発見・早期マネジメントにつなげることである。ICI投与の多くは外来患者であり、限られた外来診療時間の中でirAEを見落とさない体制整備が必要であること、また、ICI患者に関わる全ての医療従事者が、経験や知識の程度によらず、共通認識で対応ができるようになるには、院内で標準化した資材が非常に有効である。
ICI治療は複合免疫療法が開始となり、更には、適応拡大も予定されており、患者数の増加が見込まれる。irAEマネジメントはICI患者の治療中から治療後の長期間に渡るフォローが必要であり、今後は、標準化した資材の利用が単一施設にとどまらず、地域を巻き込んだ体制整備が課題であると考える。
- 1) Haanen JBAG, Carbonnel F, Robert C, et al.: ESMO Guidelines Committee. Ann Oncol. 2018; 29 (supplement_4): iv264-6.
- 2) Brahmer JR, Lacchetti C, Schneider BJ, et al.: Management of Immune-Related Adverse Events in Patients Treated with Immune Checkpoint Inhibitor Therapy: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline. J Clin Oncol. 2018; 36: 1714-68.
- 3) 櫻林郁之助 他: 今日の臨床検査2015-2016, 株式会社南江堂, 2015
- 4) 門脇孝 他: 代謝・内分泌疾患診療 最新ガイドライン, 株式会社総合医学社, 2012
- 5) 成瀬光栄 他: 内分泌代謝専門医ガイドブック改訂第4版, 株式会社診断と治療社, 2016
- ・一般社団法人 日本内分泌学会: 日本内分泌学会臨床重要課題 免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の診療ガイドライン. 日本内分泌学会雑誌. 2018; 94(suppl): 1-11.
- ・公益社団法人 日本臨床腫瘍学会編集: がん免疫療法ガイドライン第2版, 金原出版株式会社, 2019
- ・中西 洋一監修/渡邊 裕之、辻 敏和、濱田 正美、岩谷 友子編集:対応の流れと治療のポイントがわかるフローチャート抗がん薬副作用,じほう,2020