> 今一度、考えてみよう~抗がん剤の流涙対策~
今一度、考えてみよう
~抗がん剤の流涙対策~
はじめに
抗がん剤による眼障害は悪心や嘔吐、脱毛といった副作用と比較すれば、医療従事者においてもまだまだ認知度が低い副作用である。実際、治療を受けている患者自身でさえも抗がん剤の副作用とは認識できず、医師の診察時にも申し出ないため、結果的に症状が進行した状態で発見される事も少なくない。
眼障害といってもその種類は多く、眼障害の原因となる薬剤の種類や発現機序も多岐にわたる。表1に眼障害を引き起こす可能性のある抗がん剤と発現する可能性のある眼症状を示した。経口フッ化ピリミジン系薬剤による涙道閉塞や角膜炎、シタラビンによる結膜炎、分子標的薬による網膜障害や霧視、免疫チェックポイント阻害剤によるぶどう膜炎や角膜障害等である。抗がん剤による眼障害は、ガイドラインの存在する悪心嘔吐や発熱性好中球減少症等と異なり、対処方法や再発防止のための対策が確立されていない中での対応となるため、症状発現時にはその症状の程度や現在の治療方針に合わせ、患者と主治医を含めた医療従事者間における十分な検討下での対応が要求される。その中で我々薬剤師も薬物療法の専門家として、この眼障害のマネージメントに参画する意義は大きいのではなかろうか。
今回、眼障害の中でもいくつかの研究報告があり、我々医療従事者も臨床現場にて比較的遭遇する機会が多いS-1による流涙について考えてみたい。
表1 眼障害を引き起こす可能性のある抗がん剤と発現する可能性のある眼症状
流涙とは
涙液分泌亢進や涙道の閉塞による涙液排出低下が原因で発症し、眼がうるむ感覚、涙があふれ出る症状である。常に潤んでいるため、目脂や感染症の原因にもなり得る病態である。
S-1と流涙の歴史
S-1による流涙は2005年にEsmaeliらがその副作用としての涙道通過障害について報告1)し、その後、本邦の流涙症研究会がS-1による涙道障害について多施設研究の結果を報告2)している。同年、S-1の添付文書にも涙道閉塞が記載され、この頃より抗がん剤の副作用としての「流涙」が我々の中で認識され始めたといえる。
流涙の発現機序
S-1やカペシタビン等の経口フッ化ピリミジン製剤による流涙症状は、涙液中に排泄された5-FUによる炎症性刺激により、涙道内腔上皮の肥厚や間質の線維化が惹起され、涙道内に閉塞が生じた結果、発生するとされている3)。これまで5-FUによる同症状の報告4)は少数例に留まっていたが、S-1では9.1%5)とその発現率が高くなっている。その背景として、5-FUには涙液中濃度と血漿中濃度の相関関係が報告3)されており、S-1やカペシタビン等の5-FUの血中濃度維持を目的とした製剤開発により、涙液中5-FU濃度の持続時間も延長される結果、流涙症状は発現しやすくなったものと推測される。
S-1の流涙マネージメントのポイント
S-1による流涙症状マネージメントのポイントは➀早期発見を目的とした患者教育と予防的点眼、➁受診時毎における症状スクリーニング、➂症状発現時のスムーズな眼科受診の①~③が重要であると考える。
①早期発見を目的とした患者教育と予防的点眼
涙道閉塞による流涙症状は症状進行時には不可逆的な症状経過をたどる可能性も報告6)されており、早期発見、早期対応が望ましい。そのためには流涙症状発現の可能性について患者に情報提供した上で、早期発見の必要性についても十分に説明する必要がある。また、外来患者では自宅における症状発現時には次回の受診を待たずに、受診施設に連絡するよう説明しておく。そして、症状発現予防を目的とした人工涙液を用いた予防的点眼は大規模比較試験による検討はなされていないが、S-1ではその発症数抑制効果が報告3)されている。予防的点眼は涙液中に排泄される5-FUをWashOutすることが目的であり、流涙の発現機序を考慮すれば、この人工涙液による予防点眼は効果が期待できると考えられ、臨床現場では広く導入されている方法である。しかし、流涙症状の発症予防を約束するものではない点に留意する。この時用いる人工涙液は、添加剤として配合されている防腐剤自体による眼障害を防止するため、防腐剤無添加の人工涙液を用いることが推奨される。また、角膜等の保護を目的としたヒアルロン酸を含有する点眼液では角膜障害の重症化の可能性があることから、使用は控えるべきであろう。
➁受診時毎における症状スクリーニング
流涙は早期発見が重要であるため、患者教育と合わせて早期発見を目的とした医療者側のスクリーニング体制整備も重要である。医師や看護師、院内外薬剤師の多くの職種がその発症の可能性を持ってスクリーニングにあたるべきである。流涙は患者自らがその症状について申し出るケースばかりではないため、医療者側はその発現の可能性を想定したスクリーニングが必要であり、医師の診察以外でも、薬剤師外来や保険薬局での問診はそのスクリーニング機会として活用すべきである。また、流涙症状は必ずしも抗がん剤のみで起こり得るのではなく、緑内障や涙嚢炎、コンタクトレンズによる角膜炎、加齢による老廃物の蓄積等でも発症する病態であり、抗がん剤由来か否かの鑑別も重要である。例えば、治療開始前より季節性のアレルギー性結膜炎等の合併例がよく見られるケースである。そして、流涙症状はCommon Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)による症状評価が難しく、実際の患者症状と適合しないケースも少なくない。表2にCTCAE における眼障害とGrade分類を記載した。多くの抗がん剤の休薬/開始/減量基準はCTCAEにより規定されている。その一方で、視力低下はないが点眼薬による治療は必要なケースなど、流涙に関しては実際の症状とGrade分類の乖離が見られるケースが少なく無い。CTCAEのGrade評価による減量/休薬の判断も重要だが、術後補助療法等の治療強度が要求される治療体系では、CTCAEのGrade評価のみで安易に減量や休薬、治療の継続を判断するのでは無く、実際の症状や眼科医の意見を踏まえて総合的に判断し、治療の方向性を決定すべきである。
表2 CTCAE における眼障害とGrade分類
「有害事象共通用語規準 v5.0日本語訳JCOG版」一部改編
➂症状発現時のスムーズな眼科(涙道外来)受診
S-1による流涙症状発現時においては、抗がん剤による眼障害の症例経験を有し、涙道内視鏡等の涙道外来を開設している眼科との連携が望ましいと考える。実際に流涙症状の発症時には、この様な眼科と連携し、涙道閉塞の状態を定期的に確認しながらの抗がん剤治療が必要と考えられるため、症状発現が疑われた時からの眼科連携が望ましいと考える。
- 抗がん剤による眼障害は多岐にわたり、その原因薬剤や作用機序は様々であるが、S-1による流涙症状は、臨床現場で比較的遭遇する可能性の高い症状である。
- 流涙症状は症状が進行する前の早期発見、早期対処が必要な症状である。
- 臨床現場におけるS-1使用時には、流涙症状発現の可能性を持って患者の問診や症状スクリーニングに当たるべきである。
- 予防的点眼を検討する際には防腐剤無添加の人工涙液を用いる事が望ましい。
- 流涙症状の発現時には涙道外来を併設した眼科医との連携が望ましい。
- 1) Esmaeli B et al,: an ocular side effect associated with the antineoplastic drug S-1.Am/Ophthαlmol, 140, 325-327, 2005
- 2) 坂井 譲ほか:TS-1による涙道障害の多施設研究, 臨眼66, 271-274, 2012
- 3) 柏木広哉:眼に副作用を生じやすい抗腫瘍薬, あたらしい眼科38(11),1291-1299,2021
- 4) J P Fezza et al: The treatment of punctal and canalicular stenosis in patients on systemic 5-FU , Ophthalmic Surg Lasers, 30,105-108, 1999
- 5) Masakazu Toi et al: Adjuvant S-1 plus endocrine therapy for oestrogen receptor-positive, HER2-negative, primary breast cancer: a multicentre, open-label, randomised, controlled, phase 3 trial, Lancet Oncol. 22,74-84, 2021
- 6) 末岡健太郎ほか:あたらしい眼科,35(10),1323-1328, 2018