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2021.11.26

血管痛・静脈炎の原因と対応
~剤形変更時の注意点を含めて~

カテゴリー: 副作用対策
市立函館病院 薬剤部 薬物療法科長 坂田 幸雄 先生
市立函館病院 薬剤部 薬物療法科長 坂田 幸雄 先生

 静脈炎とは、投与した薬液が血管内皮を刺激することにより、血管痛、発赤、色素沈着などが静脈に沿って生じる症状である。生命予後に大きな影響はないものの、痛みや疼痛は治療に対する不安やストレスを生じ、色素沈着は腕の露出を避けるために夏場でも長袖を着用するなど日常生活に影響を及ぼすため、化学療法を継続する上では注意すべき有害事象の1つである。

血管痛・静脈炎の原因

 血管痛・静脈炎は、主に薬液のpHや浸透圧などの製剤的性質が主な原因と考えられている。薬液と血液のpHや浸透圧に差があるほど、血管内皮は刺激を受けやすく、血管痛・静脈炎が生じやすい。

①薬液のpH

通常、血液はpH7.35~7.45と弱アルカリ性であるため、酸性あるいはアルカリ性の強い薬液は血管内皮を刺激しやすくなる。

②薬液の浸透圧

浸透圧が高い薬液ほど、血管内皮を刺激しやすくなる。

③薬の刺激性

薬剤自体の性質として、血管内皮を刺激することがある。

血管痛・静脈炎を発現する代表的な薬剤

 血管痛・静脈炎を発現する代表的な薬剤を下記に示す。これらの薬剤以外でも血管痛・静脈炎を生じることがある。

(L-アスパラギナーゼ) ダウノルビシン塩酸塩
アクラルビシン塩酸塩 ダカルバジン
アムルビシン塩酸塩 ドキソルビシン塩酸塩
イダルビシン塩酸塩 ビノレルビン酒石酸塩
(イホスファミド) ピラルビシン塩酸塩
エトポシド フルオロウラシル
エピルビシン塩酸塩 ブレオマイシン塩酸塩
(オキサリプラチン) ベンダムスチン
(カルフィルゾミブ) マイトマイシンC
(ゲムシタビン塩酸塩) ミトキサントロン塩酸塩
ストレプトゾシン

( )は血管痛・静脈炎が副作用として記載があるが、適用上の注意等には血管痛・静脈炎の注意喚起の記載がない薬剤

血管痛・静脈炎の症状

 投与中・投与後に下記のような症状が生じる。

・ 点滴針挿入部付近の疼痛、発赤、腫脹、違和感など。

  →治療に対する不安やストレスを生じ、治療意欲の低下を招く恐れがある。

・ 点滴針挿入部から静脈に沿ったつっぱり感、硬結、発赤、色素沈着など。

  →不安やストレスだけでなく、腕に色素沈着が生じると露出を避けるために夏場でも長袖を着用
   するなど日常生活にも影響を及ぼす。

 これらの症状は生命予後に直結する有害事象ではないが、不適切な対応は患者と医療従事者との信頼関係の悪化につながり、化学療法の円滑な継続が困難となる場合がある。

血管痛・静脈炎の対策

 上述のように、血管痛・静脈炎は患者の不安やストレス、日常生活に影響を及ぼすことから、患者の訴えに対して、適切な説明・対策を行うことが求められる。
 下記に示す対策は、基本的に「薬液を血液のpHや浸透圧に近い性状にする」、「血管内皮と薬液との接触を減らす」という考えに基づくものである。なお、配合変化や安定性の面などから、薬剤によって適用できない対策もあるため、必ず薬剤の添付文書やインタビューフォーム等を確認の上、対策を行っていただきたい。

①点滴針の穿刺の工夫

  • 血流の良い太い血管を選択する。関節部の血管への穿刺は避ける。
  • 可能な限り、同じ穿刺部位を用いない。
  • 留置針を長期間留置していた静脈や静脈炎の既往のある血管は避ける。

 血液量が豊富な血管を選択するようにする。また、血管内皮に傷害を生じる可能性がある処置や静脈炎の既往のある血管では、血管痛や静脈炎が生じやすいと考えられるため、穿刺を避けることが望ましい。

②ステロイドの混和

  • 酸性の薬剤にステロイドを混和することで、薬液のpHを上昇させることができる。
  • ステロイドの混和は、ピギーバック法で側管から混合する方法などを用いる。
  • 本対策の適用にあたっては薬剤の配合変化に注意する。

 ステロイドによる血管痛・静脈炎の軽減作用は、抗炎症作用よりpH上昇の寄与が大きいと考えられている。

③投与方法の工夫

  • 点滴液の濃度を低くするよう調製する。
  • 一方、アントラサイクリン系抗がん剤などでは、点滴量を少なくし、点滴時間を短縮したほうがよい。
  • ルート内および血管内の薬液を洗い流すために、投与終了後にフラッシュを追加する。
  • 投与ルートを中心静脈に変更する。中心静脈は血流量が多く、投与された薬液は速やかに希釈されるため、薬液の性質を受けにくい。ただし、留置カテーテルに関連する感染症などに注意が必要となる。

 点滴時間の短縮やフラッシュの追加を行うことで、血管内皮と薬液との接触を減らすことができる。

④注射部位または輸液の加温

  • 穿刺部位をホットパックで温める(温罨法)。血管が拡張し、血管内皮と薬液との接触を減らすことができるが、低温やけどに注意する。
  • 冷たい点滴液は、輸液バッグを人肌程度に温める。
まとめ

 血管痛・静脈炎の発現には薬液のpHや浸透圧が深く関与している。このことは、同一の有効成分でも剤形によりpHや浸透圧が異なるのであれば、剤形によって血管痛・静脈炎の発現状況も異なることを示唆している。実際、過去にはエピルビシンやゲムシタビンなど、凍結乾燥剤から液剤に変更したことで静脈炎が生じ、医療側の利便性の向上と引き換えに患者の不利益が発生してしまうことを経験している1-4)
 当院では、2021年8月より液剤であるペメトレキセド点滴静注液「トーワ」を採用した。本剤は、添付文書に血管痛・静脈炎の記載はなく、pH 7.3〜8.0/浸透圧比 0.8〜1.1と血液に近い性質を有しているため、剤形変更に伴う影響は少ないと考えられる。2021年10月までの3ヵ月の間に、9例に2~4コース使用しており、9例全てにおいて先発品からの切替えであるが、いずれも血管痛・静脈炎は認められていない。まだ少数例の検討であることから、症例を積み重ねるとともに、他施設における情報を共有しながら、さらなる検討を続けたい。
 最後に、血管痛・静脈炎と類似する症状として血管外漏出との鑑別も重要であることを附言しておきたい。血管外漏出では「症状が静脈に沿っていない」、「点滴の滴下速度の低下」、「血液逆流の消失」などの特徴があるため、血管痛・静脈炎が発現した場合には、血管外漏出が生じていないかを必ず確認いただきたい。

【引用文献】
  • 1) Suga Y, et al.: Improvement of epirubicin-induced phlebitis to switch from liquid preparation to lyophilized formulation. Gan To Kagaku Ryoho. 2009; 36(1): 93-6.
  • 2) Nagata K, et al.: Change of formulation decreases venous irritation in breast cancer patients receiving epirubicin. Support Care Cancer. 2012; 20(5): 951-5.
  • 3) 遠藤征裕他:ゲムシタビン乾燥凍結製剤から液剤への切り替えによる血管痛についての検討. 日本病院薬剤師雑誌. 2019; 55(1): 35-9.
  • 4) 宇根底亜希子他: ゲムシタビンによる血管痛の関連要因の検討. Palliat Care Res. 2018; 13(2): 187-93.
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