がん患者の就労支援とアピアランスケアへの
取り組み
就労支援 薬剤師の関わりは?
就労や外見の悩みに対する支援体制の構築
支援に関わるのは支援センター内の医療者だけではない
我が国では、約2人に1人ががんに罹患し、毎年20歳から64歳の就労世代の3人に1人ががんに罹患している。また、2002年の就労世代罹患者数は約19万人であったが、2012年には約26万人に増加している。一方、全がんの5年相対生存率は69.4%で1)、がん患者・経験者に対する就労を含めた社会復帰支援が課題となっている。厚生労働省は第2期がん対策推進基本計画に、重点課題として「働く世代や小児へのがん対策の充実」を追加し、2018年に閣議決定した第3期がん対策推進基本計画では全体目標「がんとの共生」の中で就労支援の充実を強く求めている。さらに、2018年4月からは療養・就労両立支援指導料が診療報酬として新設され、がん患者・経験者の治療と職業生活の両立支援への関心が高まっている。
一方、がん患者の就労に関する様々な調査が行われ、がんに罹患した患者の40%が診断後に離職(うち4%が解雇)したと報告されている2)。就労は単に収入源であるだけでなく、自己のアイデンティティという意味も持っている3)。就労支援はがん診療連携拠点病院の責務であるが、多くの医療機関において体制整備されていないのが現状である。
そこで、当院におけるがん患者の就労支援とアピアランスケアに関するチームでの取り組みを下記に紹介する。
1. 就労支援への取り組み
支援体制構築の背景(患者アンケート調査)
当院は、2014年からがん患者の就労支援に対する取り組みを開始した。取り組みを開始するにあたり、そもそも「就労支援」という言葉にも馴染みがなく、病院で仕事に関する支援を行うことに迷いがあった。
そこで、当院での就労支援の具体的なニーズを把握するため、2014年5月に外来がん化学療法センターにて治療中の患者247名を対象にアンケート調査を実施した4)。その結果、全回答者(151名)のうち、診断時に無職であった人は33名(25.0%)であったが、診断後にはその1.6倍の52名(39.4%)に増加、20~60歳代の就労世代(89名)に限ってみても28名(31.4%)から50名(56.1%)に増加しているということが分かった。さらに就労世代で離職した人の48.0%が治療開始前に離職していることが明らかとなった。全回答者の60.2%が就労についての相談窓口があれば利用したいとの希望があった。
以上の結果から、病院内でも就労支援に対するニーズが高いことが明らかとなり、支援体制の構築にあたった。
院内フローの作成(声掛けと相談窓口の案内)
まずは、院内フローを作成した(図1)。離職が治療開始前に起こっているという実態を受け、診断時に「早まって辞めない」という声掛けをすること、仕事と治療の両立の見通しをたてやすいように、可能であれば治療内容・期間を明示することとした。前述のアンケート調査において、就労に関して不安があるが、相談をしていない理由として「相談するまでもなく仕事は続けられないと思った」という回答が多くみられた。声掛けとともに相談窓口である「がん相談支援センター」の案内をし、相談センターで仕事について詳細の面談を行う。必要時、主治医や看護師もしくは相談員がキャリアコンサルタント、社会保険労務士などの仕事の専門家や職場の産業医、管理者、患者会などとの橋渡しを行う。また、仕事による収入に関連して治療費の問題も発生することから、治療レジメン別の費用一覧を薬剤師が中心となって作成した。
院内外周知と課題
フロー作成後、院内外への周知に取り組んだ。院内スタッフに対しては勉強会の開催、イントラネットへの掲載、患者に対しては市民公開講座・セミナーの開催、院内掲示を行っている。さらに、院内スタッフの情報共有、患者へ周知できるように就労についての電子カルテ上のテンプレート(図2)作成及び、就労支援カード(愛知県健康対策課作成 図3)の配布を開始した。
2017年10月~2018年7月に行った調査において、テンプレートの使用率は全がん患者の約20%、カードの配布率は35%であった。患者の中には1回の処置で治療が終了する場合や、就労していない患者なども含まれ、支援を必要としない場合もあるが、テンプレート、カードの活用は行き届いていないのが現状である。一方で、2016年に行った調査と比較すると、就労中でテンプレート使用患者に対して「早まって辞めない」と伝えた割合は54.6%から72.9%へと大きく上昇した。
2018年1月には愛知産業保健センター、キャリアコンサルタントとの連携を積極的に開始し、職場との仲介やその人らしい生き方、働き方の支援、制度・法律の情報提供などを行っている。
「就労支援」というと難しく聞こえるが、「早まって辞めない」「相談して下さい」と伝えるだけでも支援の第一歩である。誤解がないように添えると、我々が行っている支援は「辞めない」支援ではなく、患者自身が納得いく働き方を支援することである。現在は診断時の支援が中心となっているが、いずれは病状の進行とともに辞めていく段階での支援も必要となるだろう。このように、支援体制は整備されてきているものの、今後は患者、一般市民及び院内スタッフへの周知が課題である。
2. アピアランスケアへの取り組み
第3期がん対策推進基本計画では、全体目標「がんとの共生」の中で就労支援とともに社会的な問題として、がん治療に伴う外見 (アピアランス)の変化が挙げられている。就労を継続するにあたってもアピアランスは重要な問題である。
当院では外来がん化学療法センター及びがん相談支援センターが中心となり取り組みを行っている。国立がん研究センター中央病院アピアランス支援センター主催のアピアランス研修会を受講した看護師、薬剤師が担当として対応している。2018年には、薬剤師が中心となり、「がん薬物療法によるレジメン別脱毛頻度一覧」を全国で初めて作成した5)。また、脱毛対策のウィッグに関しては各種メーカーの違いが分かるように一覧を作成し情報提供に役立てている。
がんと診断された時、患者、患者の周囲の人々に様々な悩みが生じる。その悩みは個人によって異なり、必要な支援も異なる。当院のがん相談支援センターではがんサポート部会というチームで活動を行っている。この部会には医師、看護師(化学療法認定・緩和認定・放射線認定)、薬剤師(がん専門・緩和薬物療法認定)、栄養士、医療ソーシャルワーカーが所属しており、それぞれの専門性を生かしながら個別性の高い相談業務にあたっている。
ここまで就労支援、アピアランスケアについて述べてきたが、患者が自ら相談支援センターに相談に訪れるとは限らない。2014年度の全国の患者体験調査6)によれば、がん相談支援センターの利用率は7.7%となっており、相談支援を必要とするがん患者の多くが、がん相談支援センターを十分利用できていないと推察される。
大切なことは患者の多岐にわたる困りごとを様々な場面で誰かがキャッチし、相談支援センターなど適切なところへつなぐことである。薬剤師であれば服薬指導の場面で気づくことができる。薬剤師は薬の専門家ではあるが、患者との関りは薬剤説明だけではない。単一の診療科のみでなく横断的に関わることができるのが薬剤師の利点であり、患者の背景にも配慮した関りもできるはずである。
当院での取り組みについて紹介したが、これが正しい支援ではなく、それぞれの施設、地域に適した支援方法がある。がん患者支援は一職種、院内のみで完結するものではなく、多職種、院内外連携をし、それぞれの得意分野を活かしながら継続的に支援をしていくことが重要である。
- 1) 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」
- 2) 高橋都: がん患者と家族の治療と就労の両立に関するインターネット調査. 厚生労働省「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究」班 平成24年度総括・分担研究報告書. 2013
- 3) Peteet JR: Cancer and the meaning of work. Gen Hosp Psychiatry. 2000; 22(3): 200-5.
- 4) 髙原悠子: 化学療法中のがん患者の就労状況調査及び治療と就労の両立支援の取り組み. 癌の臨床. 2017; 63(4): 347.
- 5) 髙原悠子: がん薬物療法によるレジメン別脱毛頻度. がん看護. 2018; 23(7): 705-7.
- 6) 平成26(2014)年度厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究「がん対策における進捗管理評価指標の策定と計測システムの確立に関する研究」