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2019.7.31インタビュー
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乳がん患者に対する運動~その有用性と推奨~

カテゴリー: 患者支援
聖路加国際病院 ブレストセンター長・乳腺外科部長・副院長 山内 英子 先生
聖路加国際病院 ブレストセンター長・乳腺外科部長・副院長 山内 英子 先生

 乳がんは早期診断・早期発見によって予後は非常に良いものとなりますが、未だ国内の検診率は欧米に比べて低いと言ってよい状況です。また、がんは抗がん剤やホルモン剤治療が効を奏するものの、患者の自助努力を促すことも必要です。運動は乳がんの予後やQOLに好影響を与える自助努力ツールの一つであり、欧米ではその取り組みが盛んに取り入れられてきています。今回は、国内で乳がん患者への運動の啓発に精力的に取り組まれている山内英子先生にインタビューし、その考え方や具体的取り組みについて教えていただきました。

『運動して得しちゃおう』の考え方

治療は「命を救う時代」から「QOL重視の時代」へ

運動によって得られるメリットとは

当院での運動プログラムの取り組み

1. 現在の乳がん疫学と治療

日本の現在の乳がん疫学について教えてください。

~日本の罹患率は現段階では低いが、今後欧米のように増える可能性がある~

 乳がんの罹患率は増加し続け、女性の部位別罹患率の第1位となっています。日本では12人に1人、欧米諸国では8人に1人が生涯で乳がんを経験すると言われており、欧米諸国と比較すると、日本の罹患率は低い状況です。また、年齢別罹患率は、欧米で60歳代以降にピークがある一方、日本では40~50歳代にピークがあります。ところが、最近では日本においても60歳代にもピークが形成されつつあります。(図1)これは、欧米化したライフスタイル、すなわち食生活の欧米化、晩婚化、晩産化、女性の社会進出などが影響していると考えられます。つまり、今後は日本も欧米のような罹患率となる可能性があるということです。

(図1)年齢別 乳癌推定罹患率

現在の乳がん治療について教えてください。

~命を救う時代から、QOL重視の時代へ~

 がんは「不治の病」から「慢性疾患」として捉えられるようになり、生存期間の延長だけではなく、治療後の生活に目を向けた「がんサバイバーシップ」が重要になってきています。サバイバーシップにおいては、患者の4つの側面と4つの時期1)(表1)を組み合わせて、どのような支援ができるかという考えが大切です。

(表1)がん患者の4つの側面と4つの時期

 また、薬や治療法はどんどん新しいものが出て良くなっていますが、その分、副作用マネジメントの難しさや、患者の費用負担という問題も出てきています。
 がんサバイバーシップを意識し、患者さんにとって負担となる要因を考慮しなければ、本当の意味での治療効果は得られないでしょう。

 私は、適切な治療を実施する助けとして「運動」が非常に有用だと考えています。運動によって多くのメリット(とく;得)が受けられますので、患者さんに対しては「運動して得しちゃおう」と呼びかけをしています。

2. 乳がんにおけるメリットとしての運動の考え方

運動による「得」とはどのようなものがあるのでしょうか。

 大きく分けて2つのメリットがあると思っています。その1つは薬の副作用を軽減させたり、対応が可能になるということ、もう1つは、再発や発症リスク自体を低下させるということです。

①副作用対策

いくつかの代表的な副作用と運動によるメリット;得をお示しします。

  • しびれ
     しびれは抗がん剤の副作用などによって発現しますが、特に転びやすくなってしまうことが大きな問題となります。女性は筋力が簡単に低下するため、筋力を維持するためにも、運動を行って転倒を予防することが大切です。
  • 体重増加
     がんになると体重が減るという認識を持っている方も多いですが、実は体重が増加することもよくあります。原因としては、抗がん剤による浮腫、ホルモン剤による食欲増進作用や脂肪吸収促進作用、過食、関節痛に伴う活動量の低下、ステロイドによる体重増加作用など様々です。また、診断後の体重増加は、再発・死亡リスクを高めることがほぼ確実であることも分かっています2)。さらに、体重増加はリンパ浮腫の悪化にもつながります。そのため、適切な食生活と適度な運動によって体重を増やしすぎないことが大切です。
  • 関節痛
     主にアロマターゼ阻害剤により生じる関節痛は、骨量の減少なども引き起こします。運動は関節痛を改善することが報告されていますので3)、勧めています。
  • 精神症状
     いらいら、気分の落ち込み、意欲低下など精神症状に対しても、運動が有効であるといわれています。
  • ケモブレイン
     ケモブレインは、抗がん剤治療後に記憶力や集中力が低下する認知機能障害です。辛さを表現することが難しく、「簡単なことが思い出せない」、「ぼんやりしてしまう」などの症状で、患者さんが自分自身を不甲斐なく思い、責めてしまうこともあります。原因は不明で、当院では予測マーカーの解明研究なども進めています4)。有用な対策は明らかではありませんが、運動を行って生活リズムを整えることなどを勧めています。

②発症、再発リスク低下

 乳がんのリスクは、健康な人の発症リスクと、サバイバーの再発リスクを分けて考えますが、その両方において肥満はリスク因子であるとわかっています2)。また、肥満の改善だけが要因ではありませんが、サバイバーが運動をすることによって、全死亡率が減少することが様々な研究で示されています2)

 このように、運動をすることは副作用対策、リスク低下の観点からも横断的にメリットがあると考えられますので、「得」ということになります。

3. 聖路加国際病院における運動推奨の取り組み

患者さんに負荷を強いるのではなく、「運動することで良いことがある」という具体的なイメージを持った上で、日常に取り入れてもらうことが大切だとよく理解できました。では、実際にはどのような取り組みをされているのでしょうか。

 運動と栄養管理を同時に行うプログラムであるシェイプアップリングや運動と栄養の教室を開催しています。

①シェイプアップリング

 まずは運動の有用性検討のパイロットスタディとして、一般社団法人キャンサーフィットネスの広瀬真奈美さんや当院の管理栄養士と協力し、「シェイプアップリング」というプログラムを実施しました。
 外来ホルモン療法を受けている乳がん患者さんを対象にした運動療法、栄養療法、グループコーチングを併せたプログラムで、体重、BMI、中性脂肪、コレステロールの低下などに加え、運動量の改善、気持ちが前向きになったという結果も得られました。

シェイプアップリングについて5)
対象

ホルモン療法を受けている乳がん患者32名

内容と測定項目

45分間のグループコーチング、栄養療法士による栄養療法および45分間の運動療法(有酸素運動とストレッチ)のプログラムを週1回、計3回行い、体重や筋肉量、臨床検査値の変化などを測定し、検証した。

結果

体重、BMI、中性脂肪、コレステロールの有意な改善(p<0.05, t検定)及び気分・不安障害調査票(K6)やがん疲労感尺度(Cancer Fatigue Scale)の有意な改善(p<0.05; t検定)を認め、本プログラムが身体面だけでなく精神面にも有用であることが示唆された。

②食事・運動教室

 パイロットスタディの結果を受け、筑波大学 田中喜代次先生の研究室及びセントラルスポーツ株式会社のジムと協力して、食事と運動の実践教室を開催しました。
 ホルモン療法を受けている乳がん患者さんを対象とした週1回ずつの病院での食事教室とスポーツジムでの運動教室で、パイロットスタディと同様に体重などの改善効果が得られ、さらにVO2peakを指標とした心肺機能の改善効果も確認できました。がん患者さんの心肺機能低下は、加齢の影響に加えて、抗がん剤による副作用(心機能低下、伝導障害、高血圧など)の観点からも問題視されています。これを改善することで死亡リスクが下がるという報告もあり7)、やはり運動介入はメリットがあると考えます。

食事・運動教室について6)
対象

ホルモン療法を受けている乳がん患者32名

内容

週1回の病院による食事療法と週1回のスポーツジムによる運動療法(有酸素運動とレジスタンス運動)を行う群(運動介入群)と通常の治療を行う群(コントロール群)を比較し、心肺機能の指標である最大酸素摂取量(VO2peak)の変化などを測定し、検討した。

結果

運動介入群において、12週間後のVO2peakはベースラインに比べて有意に改善していることが認められた(p=0.002; t検定; 図2)。

(図2)運動介入群とコントロール群のVO2peakの変化

 このように、当院では院内だけではなく外部との協力によって実践的な運動プログラムを実施し、患者さんに運動を推奨しています。

最後に、医療者へのメッセージをお願い致します。

お伝えしてきたとおり、副作用対策やリスク低下など、様々な側面から運動が有用であることがわかっています。患者さんに最適な治療効果を届けるために、医療者からも患者さんに声をかけて運動のメリットを知ってもらい、一般団体とも協力して運動プログラムなどが実施されていくことが大切であると考えます。

【引用文献】
  • 1) Mullan F.: Seasons of survival: reflections of a physician with cancer. N Engl J Med. 1985; 313(4): 270-3.
  • 2) 日本乳癌学会 編集: 乳癌診療ガイドライン2 疫学・診断編 2018年版 第4版, 金原出版, 2018
  • 3) Arem H, Sorkin M, Cartmel B, et al.: Exercise adherence in a randomized trial of exercise on aromatase inhibitor arthralgias in breast cancer survivors: the Hormones and Physical Exercise (HOPE) study. J Cancer Surviv. 2016; 10(4): 654-62.
  • 4) Natori A, Ogata T, Sumitani M, et al.: Potential role of pNF-H, a biomarker of axonal damage in the central nervous system, as a predictive marker of chemotherapy-induced cognitive impairment. Clin Cancer Res. 2015; 21(6): 1348-52.
  • 5) 平成26年度国立がん研究センターがん研究開発費の研究事業(研究班代表:高橋都)
  • 6) Okumatsu K, Tsujimoto T, Wakaba K, et al.: Effects of a combined exercise plus diet program on cardiorespiratory fitness of breast cancer patients. Breast Cancer. 2019; 26(1):65-71.
  • 7) Jones LW, Courneya KS, Mackey JR, et al.: Cardiopulmonary function and age-related decline across the breast cancer survivorship continuum. J Clin Oncol. 2012; 30(20): 2530-7.
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