HOME > エキスパートコラム > 患者支援 > がん治療と就労の両立支援のための院内連携
2019.12.20

がん治療と就労の両立支援のための院内連携

カテゴリー: 患者支援
愛知県がんセンター 乳腺科部 医長 小谷 はるる 先生
          地域医療連携・相談支援センター 医療ソーシャルワーカー 船﨑 初美 先生
          看護部 がん看護専門看護師 岩井 美世子 先生
キラキライフ社会保険労務士事務所 社会保険労務士 山下 芙美子 先生

 がん患者の就労支援は専門相談員だけで完結することはできない。相談窓口を設置している医療機関は多くあるが、「病院で仕事の相談ができる、しても良い」という認識をすべての患者が持っているわけではない。「患者が必要な時に適切な窓口に相談できること」が就労支援の第一歩となる。
 この第一歩を実現するためには、医療スタッフ全員が就労支援に携わる意識を持ち、かつ専門相談員の業務内容を認識することが重要と考えられる。
 本稿では、愛知県がんセンターにおいて就労支援に積極的に取り組まれている先生方に、それぞれの職種の視点と連携についてご執筆いただいた。

就労支援の第一歩と各職種が担う役割のイメージ

愛知県がんセンターの支援体制

愛知県がんセンター 乳腺科部 医長 小谷 はるる 先生

 がんと就労の問題は国の平成26年の第二期がん対策推進基本計画から目標が掲げられ1)、様々な取り組みがされている。平成28年に行われた内閣府の調査2)では「現在の日本の社会では、がんの治療や検査のために2週間に一度程度病院に通う必要がある場合、働きつづけられる環境だと思うか」の問いに、64.5%の人が「そう思わない」と回答しており、社会の中でがん治療と就労の両立は困難という認識がまだ一般的である。

 当院には現在、社会保険労務士、ハローワーク、あいち産保センターによる3つの就労相談の窓口がある。(表1)

(表1)愛知県がんセンターにおける就労に関する相談窓口

各職種の視点

 就労の相談が必要な患者は、まず相談支援センターで医療ソーシャルワーカー(MSW)または看護師が面談し、相談内容によって就労の専門相談窓口を紹介している。
 今回はMSW、看護師、社会保険労務士とともに当院での就労支援の現状を紹介する。

主治医の視点|医療ソーシャルワーカーの視点|看護師の視点|社会保険労務士の視点

①主治医の視点

愛知県がんセンター 乳腺科部 医長 小谷 はるる 先生

1. 主治医から始まる就労支援

 様々な就労の相談窓口が院内にあるとはいえ、患者にはじめに接するのは主治医である。診察、特に初診の際はがんの診断や治療を重点的に話してしまいがちだが、「お仕事は何をされていますか?」「ご家族はどなたとお住まいですか?」など、就労だけでなく患者の社会的背景にも関心を持ち、どんなことを不安に思っているのかを把握し、サポートする気持ちがあることをお伝えすることが大切だと考える。
 「就労支援をしなければ!」と身構えると忙しい外来では困難なように感じるが、主治医からお仕事に関しての質問をするだけで、「病院でお仕事の相談をしてもいい」と患者に感じていただけるし、実際には1分程度の会話で患者の就労相談のニーズが判断できる場合が多い。
 サポートが必要だと判断したら、看護師やMSWに連絡し継続的な支援に繋げている。もし院内に就労相談の体制がない場合、社会保険労務士会が開設している相談窓口があるという情報を提供するだけでも、患者にとっては助けになるのではないかと考える。

2. すぐにお仕事を辞めるのはやめよう

 当院で行った乳がん患者と就労に関するアンケート調査3)によると乳がん治療中の離職率は18.5%で、離職のタイミングとしては「診断時」が一番多かった(7.5%)。がんと診断されたばかりの患者は精神的なショックが大きく、冷静な判断ができない可能性がある。
 そこでまず患者にお伝えするのは「すぐにお仕事を辞めないように」ということである。診断後、治療の予定がたってからお仕事との両立を一緒に考えて行きましょうとお伝えしている。
 また、すべての診療科で使用する初診時の問診票に就労に関するページがあり、そこに「がんと診断されても、すぐに退職の選択をする必要はありません」というメッセージと院内でのサポート窓口のお知らせを載せている(写真1)。さらに、待合室のモニターにも就労支援の窓口があることを掲示し(写真2)、来院された方の目につくように工夫している。

写真1|写真2

3. 診断書や意見書について

 治療中に職場への診断書を依頼された際や産業医から連絡をもらった際はそれぞれどんな情報が必要なのかをご本人や職場に確認し、記載するようにしている。患者には具体的に職場での作業内容や労働環境をお訊きし、今後の治療計画を踏まえて書類を作成している。

②医療ソーシャルワーカー(MSW)の視点

愛知県がんセンター 地域医療連携・相談支援センター 医療ソーシャルワーカー 船﨑 初美 先生

1. 相談支援センターの体制

 がん相談支援センターは、がん診療連携拠点病院に必置の窓口であり、がんに関するさまざまな相談を受けている。当院では、専従のMSWと看護師計6人の相談員が配置されている。相談内容は、医療費に関すること、受診に関すること、転院に関することの順に多い。相談は年間約6,000件あり、就労に関する相談は全相談の6%程度である。

2. 就労相談に関するMSWの役割

 相談支援センターには、患者・家族自ら相談窓口の情報を知り訪れる場合と、看護師等の病院職員から案内されて訪れる場合がある。相談では、何に困っているのかということや必要な情報を聴き取り、助言や情報提供を行う。相談内容によっては、院内外の適切な部署を紹介することも役割の一つである。
 就労に関する相談については、相談員の助言により相談が終了する場合もある。一方、さらに踏み込み、社会保険労務士、ハローワーク相談、両立相談などの専門相談につなぐ必要があると判断した場合、相談者に対し案内を行い、希望があれば予約を入れる(表1)。これらの専門相談時には、相談支援センターの相談員が同席をしている。同席することにより、福祉制度や生活面、社会的役割に関すること等、MSWの視点での助言を行ったり、院内の窓口の案内などを行うことができる。また、今後の継続支援をシームレスに進めることができる。

外観:入り口は開放されており、誰でも入りやすい雰囲気|待合室:患者に参考にしていただける冊子やチラシなどを取り揃えている

3. 医療機関における就労相談のポイント

・就労相談に関する院内職員及び患者への周知

 医療機関で就労に関する相談を受けられるという情報を、いかにそれを必要としている患者に届けられるかということが大きなポイントであり、そのためのシステムづくりや工夫が必要である。たとえば当院の場合は、初診患者に対し就労に関するアンケートを取りカルテに入力することや、緩和ケアの苦痛スクリーニングの項目に仕事に関する項目を入れ、就労ニーズの把握と周知に努めている。
 また、患者・家族だけではなく、患者に接する院内職員への周知も、同様に重要である。「看護師さんに教えてもらった」「ウイッグ相談会の業者の方に教えてもらった」と、相談に来られる方もいる。院内のチラシやポスターを掲示するだけでなく、職員等から直接声掛けしてもらうことも、相談に訪れる大きなきっかけとなる。
 「医師から診察時に『仕事は何をしていますか』と聞かれ、自分の仕事の面まで考えてくれていると思い、とても感激した」と仰った相談者もいた。治療計画を立てる際に患者の就労状況を把握することが、患者の就労継続への支援につながっている。
 相談支援センターで就労相談を行っているということを知っていれば、院内職員は安心して、患者に仕事について声をかけることができる。

・相談における的確なニーズの把握

 相談においては、相談者の話すことに傾聴し、何に困っているか、その背景にある病気・生活・家族・仕事の状況等を聴いていく。相談員と相談者がやりとりをする中で、問題点が明らかになったり、解決の糸口が見えることもある。
 また、例えば医療費の相談等、直接には就労を主訴とする相談でなくても、聴き取りの中で就労に関する相談ニーズが表れてくることもある。働く世代の方の相談があった場合は、主訴が就労でない場合でも、就労について困っていることはないか尋ねることを心掛けている。特に、若年であるAYA世代(Adolescent and Young Adult)の場合は、会社内において主張がし辛い立場である一方、就労継続の必要性は高い等、就労に関する課題は大きく、より注意深く聴き取りを行っている。

・専門職との連携の重要性

 当院では、社会保険労務士、ハローワークの就職支援ナビゲーター、産業保健総合支援センターの両立支援促進員といった就労に関する専門職と協働している。協働することにより、各専門職がそれぞれの専門性においてより具体的な助言をすることができるため、相談者が次に進むべき方向性を考えやすくなる。相談支援センターとしても、相談対応の幅が広がり、充実した相談支援を提供できる。
 また、患者にとっては身近な病院の場で仕事に関する相談を受けられることは、精神的、身体的、経済的負担が軽減できる。「仕事に関する相談は、どこにしたらよいかわからないので、病院で相談ができるのはありがたい」という相談者の声をよく聞く。患者の満足度の向上にもつながるものと思う。

まとめ

 治療と仕事の両立を進めるためには、企業、医療機関、行政が、それぞれの立場での取組を行うことが求められる。また、がん医療に関する、がん患者、家族を含めた一般市民の意識改革も重要である。「がんと診断されたら辞めるのが当然だと思っていた」「がんと診断され、頭が混乱したまま職場の上司に話したら、治療に専念したほうがいいと言われた」と、診断後の早い時期に、退職をしてしまう方にまだ時々出会う。
 「がんになっても仕事は続けられる」ことや「仕事は早まって辞めない」ことを、当たり前の意識として持てる社会を目指して、今、自分の立場でできることを進めたいと思う。
 医療機関における取組については、相談支援センターだけではなく、院内の多職種連携と病院ぐるみでの取組が求められる。また、病院内の連携だけでなく、院外の他業種との連携も必要であり、さらに地域の関係機関のネットワークの構築も、がん患者の就労支援に大きな役割を果たすと考えられる。

③看護師の視点 

愛知県がんセンター 看護部 がん看護専門看護師 岩井 美世子 先生

1. 患者を全人的に観る

 両立・就労支援について「看護師にできることは少ないのでは?」という声を聞く。確かにお金のことや仕事のことは、看護師の苦手な分野であるかもしれない。しかし、患者を全人的に観るという点において、両立・就労支援は看護師の重要な役割であると考える。

2. 患者にとっての「仕事」とは

 がん告知直後の患者は、医師から治療が必要だと説明を受けても、絶望感で一杯となり「治療をしてまで生きていたくない」と、生きる希望を失っていることもある。
 そんなとき看護師は、患者に寄り添い患者と共に生きる希望を探すのだが、働く世代の患者であれば治療に対して前向きになるひとつのきっかけは「仕事」であると考える。
 「お仕事は何をされているんですか?」と尋ねると、患者は自分の仕事について多くのことを語ってくれる。一通り語り終えると「でも、治療をしたらもう仕事はできないですよね?」とあきらめたように言うことが多い。患者の語りからは、自分の仕事に対する誇りを感じる。だからこそ、がんになって仕事ができなくなると考えると、より一層落胆し生きる希望を見失ってしまう。仕事を継続できるように患者とともに考え、関係部署と連携しながら調整をすることで、患者は治療に対しても前向きな気持ちになる。これも看護師ができる両立・就労支援のひとつであると考える。
 しかしその一方で、患者には仕事を辞めるという選択があるということも医療者として理解しておく必要があると考える。大切なのは、その人にとって「仕事」がどのような価値を持つのか理解し、必要な支援を行うことである。

3. 声掛けによって悩みを認識できる

 がん治療のため休職したが、治療経過が思わしくなく、仕事に復帰できない状態が続くこともある。患者はイライラや不安といったサインを出すが、それをいち早くキャッチできるのは看護師である。その時「治療が思うように進まないからイライラするのも仕方がない」と考えるだけではなく、一歩踏み込んで、患者それぞれの社会的背景を探ることで患者の苦痛を解決できることもある。
 例えば、働き盛りの年代の患者に対して「治療が長引いているが、仕事は大丈夫か」と声を掛けたことで会社との関係性に悩んでいることが発覚し、相談窓口を案内することができたこともある。患者は治療に必死であり、イライラの原因についてまで考えられないことも多い。声を掛けられることで、患者自身が初めて仕事の問題を認識できることもあると考える。
 このように、看護師は就労に関する問題について自分から発信できない患者を拾い上げ、必要な時には窓口へつなげていく役割も大きい。

まとめ

 治療後には外見の変化、機能変化に伴う就労への不安といった問題もある。治療前から治療中、治療後も患者の仕事に対する思いを確認していくことや、患者が抱える様々な問題が仕事と関係しているのではないかという視点を持って患者と関わり、両立・就労支援の必要性をキャッチしたら連携調整をすることが、看護師ができる両立・就労支援であると考える。

④社会保険労務士の視点 

キラキライフ社会保険労務士事務所 社会保険労務士 山下 芙美子 先生

1. 就労相談に関する社会保険労務士の役割

 社会保険労務士(以下、社労士)は労務管理や社会保険に関する専門家であり、国家資格である。がん患者の就労支援においては、社労士の持つ専門知識を大いに役立てられると考える。
 社労士だからこそできる支援として、①労働法に基づいた客観的で中立な意見・助言を伝えること、②患者の職場の就業規則、雇用契約書、給与明細等の内容を翻訳し、具体的な助言をすること、③社会保険(健康保険、年金、雇用保険)について、制度内容や手続き方法の説明をすること、が挙げられる。

2. 院内での活動

 当院では、院内の相談員が相談支援センターにおいて患者の相談内容を整理した上で、月に2回開催される社労士の就労相談につなげており、かつ、社労士の就労相談実施時には相談員が同席している。また、就労相談当日には可能な範囲で職場の就業規則や雇用契約書、給与明細等を持参いただくよう、事前に患者に伝えている。
 社労士の相談時間は限られているが、このような工夫により、ポイントを絞って患者とお話しをし、事後のフォローが必要なときは相談員に対応していただくことができる。院外の専門家が相談対応するにあたっては、こうした連携が重要であると考える。

相談室:個室になっており、落ち着いた環境で相談することができる

3. 支援ニーズの高い相談

 私は5年以上にわたり就労相談の相談員を務めてきた。幅広い年代、様々ながん種の患者から相談があり、内容は多岐にわたる。就労相談を利用される患者の多くは、産業医のいない小規模事業所にお勤めの方である。こうした患者は職場と病院の間で、自ら仕事と治療の調整をする必要があり、また、健康保険給付の手続きに職場が不慣れで自ら手続きを主導しなければならないケースも多いことから、支援のニーズが多いと考えられる。
 相談内容としてとりわけ多いのは、これから治療が始まる患者からの「仕事の休み方や休職中の社会保険に関する相談」と、休職期間満了が近づいた患者からの「復職又は退職に関する相談」である。
 前者の場合は、患者の勤務先の制度と治療予定を確認し、年次有給休暇で対応するのか休職等の制度を使うのか、長期休職する場合は傷病手当金の受給タイミング等を一緒に考える。
 後者の場合、復職後に使える社内制度を確認し、復職後の働き方について本人が職場に相談する為の助言をする。退職せざるを得ない場合には、退職後に受けられる社会保険給付や退職後の健康保険加入について、患者にとって有利な選択ができるよう情報提供している。

まとめ

 休職や退職は一度決定したら撤回するのは難しい。また、社会保険給付は知らずに要件を満たせなかったり期限を逃したりすると受けられない。そのため、仕事を休む前、辞める前のタイミングで専門家に相談していただくことが望ましい。医師、看護師、MSWがあらゆる場面で患者のニーズを拾い、タイムリーに就労相談につなげていただくことが重要であると考える。

おわりに

愛知県がんセンター 乳腺科部 医長 小谷 はるる 先生

 今回、当院の様々な職種の視点から就労支援の取り組みを報告した。
 他職種の意見を聞き、患者の色々なニーズ(アンメットメディカルニーズを含む)を拾い上げるには、チームでの取り組みが大切であることを改めて実感した。
 当院にある地域医療連携・相談支援センターおよび各種就労の相談窓口は、当院に通院中でない方も利用できるため、どこに相談をすれば良いかわからず悩みを抱えている患者にとってもひとつの窓口となれば幸いである。

【引用文献】
エキスパートコラム