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2019.8.30
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アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン等)、抗HER2抗体(トラスツズマブ等)による心毒性の対処法

監修滋賀医科大学医学部附属病院 薬剤部 日置 三紀 先生

副作用:心毒性 頻発抗がん剤:アントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン等)、抗HER2抗体(トラスツズマブ等)

好発時期・初期症状

【好発時期】

アントラサイクリン系薬剤

  • 急性毒性:投与中~数日以内に発現し、不整脈、一過性の左室機能低下などを生じる。投与量に相関せず、可逆的。
  • 亜急性毒性:投与後数週~数ヵ月以内に発現し、心筋炎、拡張不全などを生じ、予後不良となる。
  • 慢性毒性:投与後数ヵ月~数年以降に発現し、心不全、左室機能障害などを生じる。累積投与量に相関し、不可逆的。

トラスツズマブ

  • 投与後数週間~数ヵ月以内に発現する。投与量に相関せず、多くは可逆的。

【特徴】

  • 「心毒性」は心不全、虚血性心疾患、高血圧、血栓塞栓症、不整脈などを指すが、本コンテンツでは、がん治療薬によって引き起こされる心機能障害、心不全をCTRCDとして解説する。
  • 臨床症状として、呼吸困難、咳嗽、息切れ、動悸、下肢浮腫等がある。
  • アントラサイクリン系はタイプⅠ「心筋」障害型、抗HER2抗体はタイプⅡ「心機能」障害型の心毒性であり、分類が異なる。

《アントラサイクリン系薬剤》

  • フリーラジカル産生による酸化ストレス、心筋細胞のミトコンドリア障害、トポイソメラーゼⅡ阻害によるDNA障害などによって生じると考えられている。累積使用によって持続的かつ不可逆的な心筋障害となる。
  • 慢性毒性は用量依存的に発現頻度が上がる蓄積性の毒性であり、総投与量に注意が必要である。また、安全量は存在しないため、総投与量上限以下でも心毒性発現に注意する。
    ドキソルビシンの累積投与量とうっ血性心不全の発現頻度は臨床試験によって幅がある。下記のような報告を踏まえ、生涯累積投与量はアントラサイクリン系薬剤未治療例で500mg/m2までに制限されている。
    400mg/m2 : 3〜5% 550mg/m2以上 : 7〜26% 700mg/m2以上 : 18〜48%
  • 再投与によって心機能低下が再燃し、進行性の心不全や死亡に至ることもあるため、再投与は困難である。

《抗HER2抗体》

  • 心筋細胞の生存、恒常性維持にHER2(ErbB2)受容体を介した複数のシグナル伝達経路が関与しており、抗HER2抗体がこれらを阻害することで心筋の恒常性を乱すほか、ミトコンドリアのアポトーシス経路を活性化することで心筋障害を来すと考えられている。多くは可逆的な心機能障害であり3ヵ月前後で改善するが、約1/3の症例では心機能低下が遷延するとの報告もある。
  • 投与期間が長い患者で発症頻度が高まる傾向にあるが、総投与量との相関は認められていない。
  • 左室駆出率(LVEF)改善後の再投与は、比較的安全であるとする報告が増えている。
参考 : Zamorano JL, et al.: Eur Heart J. 2016; 37: 2768-801.

対処・予防方法

【予防】

  • モニタリング
    • ・ 心毒性が不可逆になる前に予防、早期発見を行うことが重要であり、治療開始前に患者の心血管リスクを丁寧に評価し、治療開始前および治療中は継続的なモニタリングが必要である。慢性毒性なども考慮し、治療終了後も定期的に心機能評価を行うことが望ましい。
    • ・ 心エコー(LVEF等)、心電図(不整脈等)、胸部X線(心胸郭比等)、心筋トロポニンT・脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)などのバイオマーカー等によるモニタリングを行う。
    • ・ トラスツズマブにおいては、心エコー等による左室駆出率(LVEF)の定期的測定が推奨されている。
  • 治療選択
    • ・ 治療開始前にリスク因子の評価と心エコーなどによる心機能評価を行うことが望ましい。リスク因子や心機能異常を認める場合は、投与可否を慎重に検討する。
    • ・ アントラサイクリン系薬剤では、累積総投与量に注意する。
  • 患者指導
    • ・ 患者には心不全などの症状(呼吸困難、咳嗽、息切れ、動悸、下肢浮腫等)を予め伝えておき、異常を感じたら病院に連絡するように指導する。
    • ・ ただし、初期では心機能の低下を認めても心不全症状を認めることは少なく、労作時の息切れや全身性浮腫を自覚する頃には高度な心機能低下を認めている場合が多いため、症状聴取時には速やかに必要な検査を行うことが望ましい。
  • 【治療】

    • 心不全の症状や心機能の異常(LVEF低下など)が認められた場合は、薬剤の投与中止、休薬を検討する。
    • アントラサイクリン系薬剤による心不全では、早期にβ遮断薬やACE阻害薬を使用することで心機能が改善する可能性があることが報告されている。トラスツズマブでも、休薬で改善しない場合、これらの薬剤を用いるアルゴリズムが提唱されている。
    • 心不全が進行して労作時の息切れ、浮腫などの自覚症状を伴う場合は、アルドステロン拮抗薬やジギタリス製剤などを使用する。うっ血を伴う場合は利尿剤を併用する。これらの治療薬が奏効しない場合、入院の上、静注の利尿剤や強心剤を開始する。

    【リスク因子】

    他、生活習慣病等(高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満)も心血管障害のリスクとなる。
    参考 : Zamorano JL, et al.: Eur Heart J. 2016; 37: 2768-801.

    がん専門薬剤師から患者さんへの話し方(わたしの場合)

    治療開始前の説明

    【病態、リスクについて】

    • 今回使用する◯◯(薬剤名)の副作用として、心臓への影響が知られています。
    • 具体的には、心臓が血液を送り出すポンプ機能が弱くなってしまう心不全や、不整脈などが報告されており、一般的な頻度は数パーセント程度です。ただ、もともと心臓の病気をお持ちの方や、血圧の高い方、ご高齢の方、胸部に放射線治療を受けた方、他に心機能に影響を与えることがわかっている薬剤を併用する方などでは、とくに注意が必要と言われています。治療期間中だけでなく、治療が終わってから副作用が起こる場合があります。
    • アントラサイクリン系の薬剤では、薬剤の累積投与量が多くなると、治療後の心不全のリスクが上がると言われています。今回、予定されている治療スケジュールを全て予定通りに行っても、心不全のリスクを高くする用量には至らないように計算されていますが、十分に注意しながら治療を行います。

    【自覚症状、検査について】

    • 心機能が低下したときの自覚症状としては、体を動かした際の息切れや息苦しさ、むくみ、動悸などがあります。ただし、こういった症状が出る前に検査で分かることが多いため、定期的に検査をして心臓の働きが悪くなっていないか、確認していきます。
    • 検査をして心機能に低下がみられた場合、◯◯(薬剤名)を休薬したり、中止する場合があります。また、必要に応じて心機能を助けるための薬剤を使用します。

    治療完遂後の説明:アントラサイクリン系薬剤を含む治療の場合

    • 今回で◯◯療法は終了ですね。本当にお疲れさまでした。これまでの治療の内容は、お薬手帳にも記載させていただいています。
    • 実は、治療を始めるときにもお伝えしていたことなのですが、この治療の副作用の中で、心臓への影響、心不全などは、治療が終わったあとも、場合によっては10年以上経ってからも起こる場合があります。心臓への副作用は、生涯で◯◯(薬剤名)を使用した量に関連して起こりやすいと言われていますので、ここに、改めてこれまでXさんが使用された◯◯(薬剤名)の合計投与量を記載しています。このページは、将来Xさんが年齢を重ねてから、心臓の症状やその他の副作用が出たときなどに必要になる場合がありますので、保管しておくようにしてください。
    • 今後も、定期的に心臓の検査を行う予定については担当医の先生にお聞きください。

    +ワンポイント

    【リスク評価のポイント】

    • 過去に抗がん薬の使用歴がないか、丁寧に確認する(例えば、乳がんの補助化学療法としてアントラサイクリン系薬剤使用後、数年から10年以上経って白血病に罹患するケースなどを想定する)。
      アントラサイクリン系薬剤の使用歴がある場合、累積投与量をドキソルビシン換算の上、合算してリスクを検討する。

    【心機能評価のポイント】

    • 左室駆出率(LVEF)の変化がCTRCDの診断基準となっているため、ガイドライン等では治療開始前および治療期間中の定期的なLVEF測定が推奨される。LVEFを評価する方法として心エコー検査、心臓MRI、MUGA(multiple-gated acquisition)scanが知られており、被曝や医療コストの面から心エコー検査が頻用されるが、施設によっては人的資源の問題などからすべての患者への検査実施が困難な場合がある。リスクを有するがん患者の心機能モニタリングについてどのように行うか、がん治療医・循環器内科医・臨床検査技師など関連部門であらかじめ協議しておくことが必要かもしれない。
    • 治療開始前のLVEFによる投与基準の目安は50%以上となる。(臨床試験によって異なるが、HERA試験では55%以上、CLEOPATRA試験では50%以上が適格基準となっている)
    • LVEFの正常値は年齢や性別、体格など個体によって異なり、さらに前負荷や後負荷の影響を受ける。
    • 心室の心筋ストレスを反映し心不全のバイオマーカーとして知られるBNPは、早期のCTRCDでは上昇しないとの報告があるが、治療前に測定しておくと心負荷が進んだ状態での診断補助やCTRCDの発症後の治療指標として使用できる。ただし、年齢、性別、腎機能、体型などさまざまな要因に影響されるため、継時的に評価する。
    • 心筋特異的なマーカーとして知られるトロポニンは、心筋障害の指標となるため、CTRCDの発生予測として期待されているが、CTRCD診断のcut-off値は定まっていない。また、アントラサイクリン系薬剤使用中は投与量に応じて上昇することが知られており、BNPと同様に治療開始前から測定し継時的に評価を行う。

    【その他】

    • 他にCTRCDを引き起こす可能性のある薬剤として、高用量のシクロホスファミドやチロシンキナーゼ阻害剤などが挙げられる。
    参考 : Goldhirsch A, et al.: Lancet. 2013; 382: 1021-8.   
    Baselga J, et al.: N Engl J Med. 2012; 366: 109-19.
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