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2024.6.25
DC-003429
DC-003429
アントラサイクリン系薬剤、抗HER2抗体、血管新生阻害薬、
BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬、プロテアソーム阻害薬による心毒性の対処法
滋賀医科大学医学部附属病院 薬剤部 若杉 吉宣 先生
【好発時期】
アントラサイクリン系薬剤
- ●急性毒性:投与中~数日以内に発現し、不整脈、一過性の左室機能低下などを生じる。投与量に相関せず、可逆的。
- ●亜急性毒性:投与後数週~数ヵ月以内に発現し、心筋炎、拡張不全などを生じ、予後不良となる。
- ●慢性毒性:投与後数ヵ月~数年以降に発現し、心不全、左室機能障害などを生じる。累積投与量に相関し、不可逆的。
トラスツズマブ・ペルツズマブ
- ●投与後数週間~数ヵ月以内に発現する。投与量に相関せず、多くは可逆的。
血管新生阻害薬(VEGF阻害薬)
- ●投与早期にたこつぼ心筋症様の心筋障害をきたすほか、長期的にも心不全の発症リスクや左室駆出率(left ventricle ejection fraction:LVEF)の低下を引き起こす。
- ●高血圧はVEGF阻害薬の中で最もよく認められる副作用であり、投与開始1~2ヵ月以内に発症・増悪するが、それ以降のリスクもある。
BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬
- ●投与開始から2年以内に心筋梗塞に至る危険がある。
- ●投与から発症までの期間1):イマチニブ0.8-4.3年、ダサチニブ2.8-3.4年、ニロチニブ1.1-2.5年
プロテアソーム阻害薬
- ●不明な点が多いが、海外の電子添文では薬剤投与後1日以内に心停止による死亡が発生しているという記載がある2)。
参考:
- 1) T Dahle´n et al.: Ann Intern Med. 2016; 165: 161-6.
- 2) US FDA. KYPROLIS™ (carfilzomib) for Injection, for intravenous use Initial U.S. 2012. Prescription information. Available from URL:
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2022/202714s034lbl.pdf
【特徴】
- ●「心毒性」は心不全、虚血性心疾患、高血圧、血栓塞栓症、不整脈などを指すが、本コンテンツでは、がん治療薬によって引き起こされる心機能障害、心不全をがん治療関連心機能障害(Cancer Therapeutics-Related Cardiac Dysfunction:CTRCD)として解説する。
- ●CTRCDは「がん薬物療法施行中に心不全症状の有無にかかわらず、LVEFがベースラインよりも10%以上低下しかつ施設基準値を下回る状態」と定義されている。
- ●臨床症状として、呼吸困難、咳嗽、息切れ、動悸、下肢浮腫等がある。
《アントラサイクリン系薬剤》
- ●フリーラジカル産生による酸化ストレス、心筋細胞のミトコンドリア障害、トポイソメラーゼⅡ阻害によるDNA障害などによって生じると考えられている。累積使用によって持続的かつ不可逆的な心筋障害となる。
- ●慢性毒性は用量依存的に発現頻度が上がる蓄積性の毒性であり、総投与量に注意が必要である。また、安全量は存在しないため、総投与量上限以下でも心毒性の発現に注意する。例えば、ドキソルビシンによる心不全の発現頻度は、総投与量が150mg/m2で7%、250mg/m2で9%、350mg/m2で18%、400mg/m2で32%との報告もある1)。
- ●高齢者や、既往歴として高血圧、心疾患、縦隔に対する放射線治療歴などを有する患者においては心毒性の発症頻度が高く、ハイリスク群である。
《抗HER2抗体》
- ●トラスツズマブによる心機能低下の発現頻度は、1.7-20.1%であるのに対し、ペルツズマブでは0.7-1.2%と低い2)。
- ●多くは可逆的な心機能障害であり3カ月前後で改善するが、約1/3の症例では心機能低下が遷延するとの報告もある。
- ●心筋細胞の生存、恒常性維持にHER2/HER4受容体の二量体化を介した複数のシグナル伝達経路が関与しており、抗HER2抗体がこれらを阻害することで心筋細胞のサルコメア構造の異常、ミトコンドリアの機能障害、活性酸素の増加を介して心筋障害を来すと考えられている。
- ●ペルツズマブは、HER2 /HER3の二量体化を主に阻害するため、これが心機能障害の頻度が少ない一つの理由と考えられている3)。HER2陽性転移・再発乳がんにおけるドセタキセル+トラスツズマブ療法へのペルツズマブの併用効果を検証したCLEOPATRA試験では、ペルツズマブ併用による心機能障害の増加は認めなかった。
- ●投与期間が長い患者で発症頻度が高まる傾向にあるが、総投与量との相関は認められていない。
- ●LVEF改善後の再投与は、LVEFの低下が再発するとは限らず、比較的安全であるとする報告が増えている4)。
《血管新生阻害薬(VEGF阻害薬)》
- ●血管拡張作用のある一酸化窒素とプロスタサイクリンを増加させ、血管収縮作用のあるエンドセリン1を減少させる作用のあるVEGFを阻害することで血圧を上昇させる。
- ●抗VEGF抗体が免疫複合体を形成して血小板を活性化し、微小血管に血栓を生じる。
- ●生じる代表的な心毒性は、左心機能低下・心不全、投与後の比較的早期に生じる心筋梗塞、高血圧などである。
- ●心筋障害をきたすが、多くは心筋壊死をきたさず可逆的であり、用量依存性は認められない。
《BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬》
- ●ABL阻害などを介したミトコンドリア毒性、微小血管の周皮細胞の障害など諸説あるが、まだ不明な点が多い。
- ●慢性骨髄性白血病に対して用いられているチロシンキナーゼ阻害薬(tyrosine kinase inhibitor:TKI)では、心筋障害の発現は用量依存的である5)。一方、別の薬剤に変更可能である場合もある。例えば心血管疾患リスクの高い患者ではニロチニブよりもイマチニブやダサチニブが選択肢となる6)。
《プロテアソーム阻害薬》
- ●内皮抗原提示細胞の増殖低下、細胞死による内皮型一酸化窒素合成酵素(endothelial nitric oxide synthase:eNOS)/NOS産生低下による血管平滑筋の細胞死による動脈硬化プラークの不安定化などが原因と考えられている。
- ●蓄積性ではなく、早期対処を行えば可逆的である7)。
参考:
- 1) SM Swain, et al.: Cancer. 2003; 97: 2869-79.
- 2) EW Grandin, et al.: Eur J Heart Fail. 2017;19: 9-42.
- 3) K Leemasawat, et al.: Cell Mol Life Sci. 2020; 77: 1571-89.
- 4) Ewer MS, et al.: J Clin Oncol. 2005; 23: 2900-2.
- 5) A Hochhaus, et al.: Leukemia. 2016; 30:1044-54.
- 6) J L Steegmann, et al.: Leukemia. 2016; 30: 1648-71.
- 7) EW Grandin, et al.: J Card Fail. 2015; 21:138-44.
【予防】
- ●リスクによる層別化を行い、各リスクに応じた対応を行う1)。
- ●心不全の予防に、心毒性のあるがん薬物療法開始時、治療中、治療後に心エコー検査・バイオマーカー検査・心電図検査による心機能評価が提案される2)。例えばアントラサイクリン系薬剤、抗HER2阻害薬、VEGF阻害薬、BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬、CHOP(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)療法、RAF/MEK阻害薬では使用開始直前、治療中3~6ヵ月ごと(心不全高リスクでは3ヵ月ごと)、治療終了後1年目に評価を行うことが推奨されている。
- ●アントラサイクリン系薬剤の投与時には、心保護目的に心保護薬の使用が有用であるとの報告があるが、適応となる患者群および投与量は明らかになっていないため、慎重に判断する2)。
- ●心機能低下のある患者に対するプロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、イキサゾミブ)の選択肢に関しては、エビデンスが不足しており、今後の解析・研究が望まれる。
参考:
- 1) AR Lyon, et al.: Eur Heart J. 2022; 43: 4229-361.
- 2) 日本臨床腫瘍学会/日本腫瘍循環器学会 編集.: Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂. 2023
【治療】
- ●がん薬物療法に心血管イベントが認められた場合、がん薬物療法が有効でかつ心血管イベントが軽度であり、治療継続が可能と判断できる場合は、モニタリングと対処療法を行いながら治療継続を検討する。
治療継続が困難と判断される場合は、心毒性の少ない薬剤などへの変更を検討する1)。 - ●アントラサイクリン系化学療法中の症候性CTRCDまたは無症候性中等度または重度のCTRCDの患者は、禁忌であるか許容されない場合を除き、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(angiotensin converting enzyme inhibitor:ACE-I) /アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blocker:ARB) またはアンジオテンシン受容体 - ネプリライシン阻害薬、β遮断薬、グルコースナトリウム共輸送体2阻害薬、およびミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の使用が推奨されている2)。
- ●軽度の無症候性 CTRCD では、アントラサイクリン系化学療法が継続している間、左室⻑軸⽅向ストレイン(global longitudinal strain:GLS)の15%以上の低下や心筋トロポニンの増加が認められた場合には、ACE-I、ARB、および/またはβ遮断薬の使用を考慮する2)。
- ●トラスツズマブでも、休薬で改善しない場合、これらの薬剤を用いるアルゴリズムが提唱されている。
- ●VEGF阻害薬、BCR-ABLチロシンキナーゼ阻害薬、プロテアソーム阻害薬のCTRCDへの対処についてはエビデンスが乏しく、今後の検討が必要である。
参考:
- 1) 日本臨床腫瘍学会/日本腫瘍循環器学会 編集.: Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂. 2023
- 2) AR Lyon, et al.: Eur Heart J. 2022; 43: 4229-361.
治療開始前の説明
【病態、リスクについて】
- ●今回使用する◯◯(薬剤名)の副作用として、心臓への影響が知られています。
- ●具体的には、心臓が血液を送り出すポンプ機能が弱くなってしまう心不全や、不整脈などが報告されており、一般的な頻度は数パーセント程度です。ただ、もともと心臓の病気をお持ちの方や、血圧の高い方、ご高齢の方、胸部に放射線治療を受けた方、他に心機能に影響を与えることがわかっている薬剤を併用する方などでは、とくに注意が必要と言われています。治療期間中だけでなく、治療が終わってから副作用が起こる場合があります。
- ●アントラサイクリン系の薬剤では、薬剤の累積投与量が多くなると、治療後の心不全のリスクが上がると言われています。今回、予定されている治療スケジュールを全て予定通りに行っても、心不全のリスクを高くする用量には至らないように計算されていますが、十分に注意しながら治療を行います。
【自覚症状、検査について】
- ●心機能が低下したときの自覚症状としては、体を動かした際の息切れや息苦しさ、むくみ、動悸などがあります。ただし、こういった症状が出る前に検査で分かることが多いため、定期的に検査をして心臓の働きが悪くなっていないか、確認していきます。
- ●検査をして心機能に低下がみられた場合、○○(薬剤名)を休薬したり、中止する場合があります。また、必要に応じて心機能を助けるための薬剤を使用します。
治療完遂もしくは変更後の説明
- ●今回で◯◯療法は終了ですね。本当にお疲れさまでした。これまでの治療の内容は、お薬手帳にも記載させていただいています。
- ●治療を始めるときにもお伝えしていたことなのですが、この治療の副作用の中で、心臓への影響、心不全などは、治療が終わったあとも、場合によっては10年以上経ってからも起こる場合があります。
(アントラサイクリン系薬剤を含む治療の場合)
- ●心臓への副作用は、生涯で◯◯(薬剤名)を使用した量に関連して起こりやすいと言われていますので、ここに、改めてこれまでXさんが使用された◯◯(薬剤名)の合計投与量を記載しています。このページは、将来Xさんが年齢を重ねてから、心臓の症状やその他の副作用が出たときなどに必要になる場合がありますので、保管しておくようにしてください。
- ●今後も、定期的に心臓の検査を行う予定については担当医の先生にお聞きください。
【リスク評価のポイント】
- ●過去に抗がん薬の使用歴がないか、確認する(例えば、乳がんの補助化学療法としてアントラサイクリン系薬剤使用後、数年から10年以上経って白血病に罹患するケースなどを想定する)。
- ●アントラサイクリン系薬剤の使用歴がある場合、累積投与量をドキソルビシン換算の上、合算してリスクを検討する。
<アントラサイクリン系薬剤換算/心血管毒性相対比>
・ ドキソルビシン・・・・・・・・・1
・ エピルビシン・・・・・・・・・0.6
・ ダウノルビシン・・・・・・・・0.6
・ ミトキサントロン・・・・・・・・3
・ イダルビシン・・・・・・・・・・4
・ ドキソルビシンリポソーム製剤・・1
アントラサイクリン系薬剤の力価対応はコンセンサス取得済みの基準がないため、概算的なものであることに留意すること - ●患者の年齢、心血管疾患の既往歴有無などを確認し、リスクを判断する。
【心機能評価のポイント】
- ●LVEFの変化がCTRCDの診断基準となっているため、ガイドライン等では治療開始前および治療期間中の定期的なLVEF測定が推奨される。LVEFを評価する方法として心エコー検査、心臓MRI、MUGA(multiple-gated acquisition) scanが知られており、被曝や医療コストの面から心エコー検査が頻用されるが、施設によっては人的資源の問題などからすべての患者への検査実施が困難な場合がある。リスクを有するがん患者の心機能モニタリングについてどのように行うか、がん治療医・循環器内科医・臨床検査技師など関連部門であらかじめ協議しておくことが必要かもしれない。
- ●治療開始前のLVEFによる投与基準の目安は50%以上となる。(臨床試験によって異なるが、HERA試験では55%以上、CLEOPATRA試験では50%以上が適格基準となっている)
- ●LVEFの正常値は年齢や性別、体格など個体によって異なり、さらに前負荷や後負荷の影響を受ける。
- ●心室の心筋ストレスを反映し心不全のバイオマーカーとして知られるBNPは、早期のCTRCDでは上昇しないとの報告があるが、治療前に測定しておくと心負荷が進んだ状態での診断補助やCTRCD発症後の治療指標として使用できる。ただし、年齢、性別、腎機能、体型などさまざまな要因に影響されるため、継時的に評価する。
- ●心筋特異的なマーカーとして知られるトロポニンは、心筋障害の指標となるため、CTRCDの発生予測として期待されているが、CTRCD診断のcut-off値は定まっていない。また、アントラサイクリン系薬剤使用中は投与量に応じて上昇することが知られており、BNPと同様に治療開始前から測定し継時的に評価を行う。
- ●心筋の長軸方向の収縮指標であるGLSは、内因性心機能の早期変化を検出することが可能なため、がん薬物療法中に定期的に計測することが推奨されている。
参考:Goldhirsch A, et al.: Lancet. 2013; 382: 1021-8.
Baselga J, et al.: N Engl J Med. 2012; 366: 109-19.
日本臨床腫瘍学会/日本腫瘍循環器学会 編集.: Onco-cardiologyガイドライン. 南江堂. 2023