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2024.8.8
DC-004584
DC-004584
免疫チェックポイント阻害薬による心筋炎の対処法
滋賀医科大学医学部附属病院 薬剤部 藪田 直希 先生
免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による心血管障害は、心筋、刺激伝導系、心膜、血管などの心臓を構成するあらゆる部位において発生する。特に、心筋炎が代表的であり、致死率が最も高いため、本コンテンツでは、心筋炎を中心に解説する。
【好発時期】
- ●初回投与から約1カ月後が好発時期であり、約8割が3カ月以内に発現する1)。
- ●重篤な症状ほど早期に発現する傾向が報告されており、初回投与時から心筋炎が発現することがある。
- ●発現頻度は、0.09~1.14%であり、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体単剤治療と比べ、抗CTLA-4抗体の併用療法で心筋炎の発現頻度が高く、早期に発現する傾向がある2)。
- ●心筋炎発症時の死亡率は、39.7%~50%であり2),3)、頻度は低いが発症すると致死的となる可能性が高い副作用の一つである。
- 1) 日本臨床腫瘍学会 編.: がん免疫療法ガイドライン 第3版. 金原出版. 2023.
- 2) DY Wang, et al.: JAMA Oncol. 2018; 4: 1721-28.
- 3) JE Salem, et al.: Lancet oncol. 2018; 19: 1579-1589.
【症状】
- ●心筋炎に特異的な症状はなく、動悸、息切れ、胸部圧迫感などの一般的な胸部症状に加え、脈拍異常(頻脈、徐脈、不整)、末梢循環不全ならびに心不全症状として全身倦怠感、奔馬調律、肺うっ血兆候、経静脈怒張、下腿浮腫、低血圧などが認められる1)。
- ●心筋炎が発症した患者のうち、49-71%に息切れを認め、17-34%に胸痛を認めた報告がある2)。ただし、息切れは、癌に随伴する症状や間質性肺炎、重症筋無力症、心不全などでも起こり得る。また、胸痛発現時には急性冠症候群の可能性も疑い、速やかに循環器医に相談することが望ましい。
- 1) 日本臨床腫瘍学会 編.: がん免疫療法ガイドライン 第3版. 金原出版. 2023.
- 2) G Veronese, et al.: Int J Cardiol. 2019; 296: 124-6.
【特徴】
- ●免疫チェックポイント阻害薬の標的分子であるPD-1、PD-L1、CTLA-4は、いずれも活性化した免疫応答にブレーキをかける役割を担う。活性化T細胞に発現するPD-1と腫瘍細胞に発現するPD-L1の結合を阻害することで、腫瘍細胞の免疫逃避が解除され、活性化T細胞が腫瘍細胞を攻撃できるようになる。一方、心筋細胞にもPD-L1が発現しており、これが阻害されることによって免疫寛容が破綻し、T細胞による攻撃を受けて心筋炎が引き起こされると考えられている。
- ●頻度は高くないが、発症すると急速に進行し致死的となる場合がある。詳細は、【好発時期と頻度】参照。
- ●現時点では、PD-1/PD-L1抗体による心筋炎の発現には用量依存性はないと考えられているが、抗CTLA-4抗体による免疫関連有害事象(immune related adverse events:irAE)は、用量依存性である可能性が報告されている1)。
- 1) 日本臨床腫瘍学会 日本腫瘍循環器学会 編.: Onco-cardiologyガイドライン. 南光堂. 2023.
有害事象共通用語規準(CTCAE v5.0)における心筋炎のGrade分類
有害事象共通用語規準 v5.0 日本語訳JCOG版
【予防】
- ●現時点では、予防法は確立していないため、irAEの発現を早期に発見し、迅速に治療を開始することが重要である。
- ●irAEの早期発見のためには、irAEの特徴を把握し、患者教育、医療従事者の教育、早期発見のための定期的な検査、診療科間の連携などが求められる1)。
- ●心筋炎の診断は、ベースラインの心電図や心筋トロポニンの測定がないと困難な場合があるため、ICI治療開始前にこれらの検査を実施する2)。
- ●ICI治療中の心筋炎のサーベイランス検査として、心電図、心筋トロポニンが考慮され、心筋炎の発症はICI開始から3カ月以内の発症が多いため、この間はICI投与前にこれらの検査を毎回実施することを考慮する2)。心筋トロポニンは、94%の症例で心筋炎発症時に上昇し、心電図異常は、89%の患者で認めたことが報告されている3)。また、NT-proBNP、好中球/リンパ球比率、C反応性蛋白(CRP)が心筋炎の早期診断に有用である可能性がある4)。おおよそ3カ月毎が目安であるが、悪化している場合にはさらに高頻度に検査を要する。
- ●ESCガイドライン2022年では、2種類のICI併用療法、ICI+殺細胞性抗がん薬併用療法を実施する患者や心血管系以外のirAEの既往、がん治療関連心機能障害(CTRCD)または心血管疾患(CVD)の既往のある患者では、心血管系irAEのリスクが高いと示されている。これらの患者においては、定期的な心エコー検査も考慮する。
- 1) S Champiat, et al.: Ann Oncol. 2016; 27: 559–74.
- 2) 日本臨床腫瘍学会 編.: がん免疫療法ガイドライン 第3版. 金原出版. 2023.
- 3) SS Mahmood, et al.: J Am Coll Cardiol. 2018; 71: 1755-64.
- 4) 日本臨床腫瘍学会 日本腫瘍循環器学会 編.: Onco-cardiologyガイドライン. 南光堂. 2023.
免疫チェックポイント阻害薬による心血管障害のスクリーニング検査
項目の保険病名や検査頻度については県によって異なる場合があるので注意ください。
- 日本臨床腫瘍学会 編.: がん免疫療法ガイドライン 第3版. 金原出版. 2023.
- AR Lyon, et al.: Eur Heart J. 2022; 43: 4229–361.
【治療】
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●ICIの作用機序や心筋の病理組織標本で免疫細胞の浸潤が見られることから1)、他のirAEと同様に免疫抑制療法が実施される。心筋炎への対応は「がん免疫療法ガイドライン 第3版」を参照する。また海外ガイドラインにおける心筋炎への対応を表に示す。インフリキシマブは、うっ血性心不全には禁忌のため注意を要する。
- 1) DB Johnson, et al.: NEJM. 2016; 375: 1749-55.
- 1) JR Brahmer, et al.: J Clin Oncol. 2018; 36:1714-68.
- 2) AR Lyon, et al.: Eur Heart J. 2022; 43: 4229–361.
【免疫チェックポイント阻害薬の作用機序の伝え方】
- ●体内で癌細胞が発生した場合、免疫細胞が癌細胞を攻撃してくれます。しかし、一部の癌細胞では、免疫細胞に対して強制的にブレーキをかけて攻撃を止められるようになる場合があります。免疫チェックポイント阻害薬は、このブレーキを阻害して、免疫の細胞が癌細胞を攻撃できるようにするお薬です。一方で、正常細胞にも免疫細胞からの攻撃を受けないようにブレーキが備わっており、このおかげで自分自身の体は免疫細胞から攻撃を受けません。免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、正常な細胞に備わっているブレーキも阻害してしまうため、免疫細胞が正常な細胞を攻撃してしまい、その結果、副作用が発現することがあります。
【免疫関連有害事象(irAE)について】
- ●irAEには、心筋炎の他にも間質性肺炎、腸炎、肝障害、内分泌機能障害、皮膚障害、重症筋無力症など様々な種類のirAEが報告されています。各irAEの初期症状をすべて把握しておくことは、私たち医療者でも大変なことですので、私の経験上、患者さんに一つ一つの初期症状を予め説明してもなかなか理解が追い付かないことが多いです。大切なことは、「早期に治療が必要なirAEが発現した場合に、いかに早く病院を受診してもらうか」になりますので、症状発現時にとってほしい行動に重点を置いて説明をしています。「早期に治療が必要かどうか」を患者さんに判断してもらうことは難しいため、私の場合、明らかに体調がおかしいと感じる場合(重度の倦怠感、口渇、眼瞼下垂、力の入りにくさ、胸痛、血便・下痢、息切れなど)や、生活に支障がないような軽い症状でも徐々に進行するような場合には、病院に連絡する様に説明しています。また、救急外来や他の病院を受診した際には、必ず免疫チェックポイント阻害薬を投与中であることを伝えるように説明しています。
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●免疫チェックポイント阻害薬は、irAEの種類が多い分、患者さんに伝えておきたい内容はたくさんあります。大まかに1~5に説明項目を分類しましたが、私の場合、1は必ず説明し、2~5は、患者さんの理解度や体調管理への意欲に応じて一度の説明で伝える情報量を調整しています。
1. 副作用が疑われる症状発現時にとってほしい行動(病院への連絡、受診)
2. 起こり得る副作用の種類と頻度
3. 各副作用の症状
4. 副作用が起こる時期(初回投与~3カ月以内が多いが、基本的には投与中~投与終了後以降も)
5. 副作用が発現した際の治療(免疫を抑制する治療が基本となること、場合によっては治療を中断し入院することもあること) -
●実際の説明の例
免疫チェックポイント阻害薬による副作用は、治療中から治療終了後までいつでも起こり得る副作用になります。特に、初めて投与した日から3カ月間は副作用が起こりやすい時期になりますので、日々の体調変化に気を付けてください。副作用には、間質性肺炎、腸炎、肝障害、内分泌機能障害、重症筋無力症、心筋炎など様々な副作用が起こる可能性があります。副作用の起こりやすさは、それぞれ異なりますが、場合によっては癌の治療を中断し、副作用に対する治療が必要になることがあります。<各薬剤について提供されている患者用説明資材をもちいます>お渡しした説明書には、各副作用の初期症状がまとめられています。非常に多くの種類の副作用があり、予めすべて把握しておくのは大変かと思います。何らかの症状を感じた場合には、説明書に書かれた症状を参考にしてください。最も大切なのは、明らかに体調がおかしいと感じる場合や、生活に支障がないような軽い症状でも徐々に進行するような場合には、ためらわずに病院に連絡することです。救急外来や他の病院を受診した際には、必ず免疫チェックポイント阻害薬を投与中であることを伝えてください。
【心筋炎、筋炎、重症筋無力症のオーバーラップ】
- ●免疫チェックポイント阻害薬による心筋炎、筋炎、重症筋無力症は、同時に併発する可能性が知られており、免疫チェックポイント阻害薬を投与後、重症心筋炎を発症した101名の患者のうち、25名(25%)に筋炎が併発し、11名(11%)に重症筋無力症が併発したという報告がある1)。いずれかのirAEが発現した際には、他のirAEの合併を疑う必要がある。
- ●心筋炎、筋炎、重症筋無力症ともに、著明なCKの上昇を認める例が多いため、そのような場合には、これらのirAEを疑い原因を精査する。
- ●心筋炎では、息切れ、胸痛、不整脈、浮腫など(詳細は【症状】参照)、筋炎では、筋肉痛や筋力低下など、重症筋無力症では、複視、眼瞼下垂、嚥下困難、筋力低下などを認めることが多い。
- ●日本国内における筋炎の発症頻度は1.67%、重症筋無力症の発症頻度は1.16%である2)。
- 1) JJ Moslehi, et al; Lancet. 2018; 391: 933.
- 2) 日本臨床腫瘍学会 編.: がん免疫療法ガイドライン 第3版. 金原出版. 2023.