DC-003997
プラチナ系による末梢神経障害の対処法
【好発時期】
- ●好発時期は、月単位で進行し、半数の患者が症状に苦しむ。FOLFOX療法において、Grade2または3の末梢神経障害が生じるオキサリプラチン累積投与量(中央値)は、850mg/m2(10サイクル目)程度である。休薬してもしばらく症状が残存する。
- ●末梢神経障害は投与する限り累積的に増悪し、投与終了後、半年、年単位で回復する。(特にGrade3の場合、回復は極めて遅い)
参考:Oki E, et al.: Int J Clin Oncol. 2015; 20: 767-75.
松田 正典 他: 癌と化学療法. 2008; 35: 461-6.
André T, et al.: J Clin Oncol. 2009; 27: 3109-16.
【初期症状】
- ●急性障害(オキサリプラチンのみ):投与直後から生じ、数日以内に回復する。手足のしびれ・疼痛・感覚不全・感覚異常がみられる。また、咽喉頭絞扼感として、喉の圧迫感や息苦しさを自覚することもある。これらの症状は冷感刺激により誘発・増悪される。
- ●慢性障害:用量依存性の障害であり、手袋・靴下型の手足のしびれ・感覚障害・感覚鈍麻などにより、日常生活において下記のような障害があらわれる。
<日常生活に支障をきたす障害の例>
・ 箸が使いにくい ・ ペットボトルのフタが開けにくい ・ リモコン操作が行いにくい
・ 字が書きにくい ・ ボタンの掛け外しがしにくい ・ ジッパーを閉めにくい
・ 鍵を開けにくい ・ 歩きにくい ・ つまづきやすい
【特徴】
- ●シスプラチン/オキサリプラチンなどプラチナ系抗がん剤は、神経細胞体を障害する。細胞体が死滅すると軸索や髄鞘の再生がされず、薬剤中止以後も障害が残るとされる。
- ●プラチナ系抗がん剤の末梢神経障害も、タキサン系抗がん剤同様に用量依存性である。
- ●四肢末梢の手袋靴下型の軽度のしびれ感で発症する。総投与量が増加するにつれ、亜急性にしびれ感、痛み、異常感覚が近位部に広がる。腱反射が消失し、深部感覚が高度に障害されるが、運動機能は障害されにくい。
神経障害の分類
《シスプラチン》
- ●末梢神経障害は、累積投与量が200~300mg/m2以上になると発生頻度が高くなる。
- ●神経障害の1つとして、聴覚障害がある。累積300mg/m2以上から注意を要する。シスプラチンの聴覚障害は、長期に障害が残り、不可逆的と考えられる。高音域の障害が特徴的である。
- ●投与中止後でも進行性に悪化し、症状が数ヶ月後にピークとなることがある。この現象はCoastingと呼ばれる。
《オキサリプラチン》
- ●末梢神経障害は、累積投与量が800mg/m2以上になると発生頻度が高くなる。
- ●投与後には、冷感刺激に対する過敏性がある。投与数日内で回復し、累積的に生じる末梢神経障害とは別に考える。
- ●神経障害は、Grade2以上の知覚障害であっても、休薬にて回復する可能性がある。一般に、シスプラチンのような聴覚障害は生じない。
《カルボプラチン》
- ●末梢神経障害は、シスプラチンやオキサリプラチンより軽度であり、臨床上問題となることは少ない。
《ネダプラチン》
- ●第2相臨床試験における安全性評価対象例(16例)では、 末梢神経障害は6.3%、聴覚(聴力)障害は6.3%程報告されている。
参考:Grunberg SM, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 1989;25(1):62-4
小山 博記 他: 癌と化学療法. 1992; 19(7): 1049-53.
【予防】
- ●よく歩くなど日常的な運動を推奨する。
- ●予防薬の有効性は期待しにくい。ビタミンE、グルタミン、カルバマゼピン、アミトリプチリン、カルニチンなどの予防投与は推奨されない。
- ●早期発見、休薬、減量が重要である。大腸がんに対するFOLFOXベースの化学療法では、OPTIMOX試験に基づき、末梢神経障害発生時あるいは末梢神経障害が重篤となる前にオキサリプラチンをOffとするStop&Go戦略が行われる。(OPTIMOX1試験では、FOLFOXを増悪まで続ける治療とFOLFOX療法を6サイクル行い、オキサリプラチンを抜いたsLV5FU2レジメンを12サイクル交互に繰り返す治療を比較した。生存に対する影響はなく、末梢神経障害は後者で少ない傾向を示した)
<急性障害(オキサリプラチンのみ)>
- ●冷感刺激により誘発・増悪するため、投与後5日間程度は下記のように冷感刺激を注意する。
・ 冷たい飲物や氷の使用は注意する。
・ 水道は、お湯を使用する。
・ エアコンの風に直接当たらないようにする。
・ 低温時は、肌の露出をさける。
<慢性障害>
- ●確立された予防法はなく、発現早期から症状の変化を観察し、著しいQOL低下を招く前に該当薬剤の投与を中止する。
- ●治療開始前に、上記の初期症状に気がついたら医療者に報告すること、また治療終了後に症状が長期間残存する可能性について説明する。
- ●症状の観察には、日常生活動作の変化や生活上の問題点の聴取のほか、NRS(Numerical Rating Scale)※やVAS(Visual Analogue Scale)など評価スケールを用いて痛みやしびれを評価するとよい。
※参考 NRSについて
(日本緩和医療学会ホームページ『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 2章 2.痛みの包括的評価)
参考:Hershman DL, et al.: J Clin Oncol. 2014; 32: 1941-67.
Tournigand C, et al.: J Clin Oncol. 2006; 24: 394-400.
Moulin DE, et al.: Pain Res Manag. 2007; 12: 13-21.
Tremont-Lukats IW, et al.: Anesth Analg. 2005; 101: 1738-49.
【治療方法】
- ●確立された治療法はなく、対症療法が中心となる。症状の程度に応じて、該当薬剤を減量・中止する。特に、QOLへの影響が大きいGrade3以上の症状を認めた場合は投与を中止する。
- ●鎮痛補助薬による治療が主流となる。しかし、鎮痛補助薬は、わずかな有効性と無視できない眠気等の副作用を考慮するとその有益性は多くはない。
- ●現状、牛車腎気丸は有効性が証明されておらずルーチンの適用は推奨されない。
- ●ガバペンチンは、吸収飽和(効果の非直線性)があることから、プレガバリンやミロガバリンと比べ推奨されない。糖尿病性神経障害における2剤のメタアナリシスでは、ミロガバリンがプレガバリンより有効である。
- ●プレガバリンやミロガバリンは、精神神経系に作用し眠気を有する薬剤なので、眠前から開始し、倦怠感やふらつき、眠気に対する忍容性を確認してから用量を増やしてゆくとよい。
- ●非オピオイド鎮痛剤で治療困難となるような重篤な末梢神経障害の症状緩和にはトラマドールなどの適用報告がある。
参考:Saif MW, et al.: Anticancer Res. 2010; 30: 2927-33.
Arbaiza D, et al.: Clin Drug Investig. 2007; 27: 75-83.
Smith EM, et al.: JAMA. 2013; 309(13): 1359-67
Hirayama Y, et al.: Int J Clin Oncol. 2015; 20: 866-71
Alyoubi RA, et al.: Int J Clin Pract. 2021; 75(5): e13744
【リスク因子】
- ●糖尿病、多量飲酒者は増悪しやすい。
- ●プラチナ系薬剤のうちシスプラチンやカルボプラチンは、タキサン系抗がん剤と併用されることが多く、併用した場合末梢神経障害の頻度は高くなる。
【末梢神経障害の発現頻度、時期(具体的かつ不安を煽らないように)】
- ●末梢神経障害は、投与量累積的に発生するので、一般に1サイクル目からは生じにくい。
- ●オキサリプラチンを末梢投与する場合、静脈痛が生じやすい。一般の薬剤による静脈痛と異なり腕から肩にかけての比較的広い範囲にしびれ感を訴える場合がある。
- ●オキサリプラチンの場合、投与中から投与後早期に冷感刺激(冷たいものに触る、冷たい飲料を飲む)により、しびれ感を訴える場合がある。冷たい飲料の場合、喉の絞扼感となる場合がある。冷感刺激を避けることが望ましいが、1サイクル目から生じるので、驚くことが少なくなるよう予め指導しておく。
- ●患者自身が症状に早期に気がつくことが出来るように、具体的な症状の徴候を説明し医療者へ早期に報告できるよう指導する。例えば、ボタンがはめにくい、新聞がめくりにくい、文字が書きにくい、箸をうまくつかえない、足裏のそわそわ感(砂利の上を素足で歩くような感覚)など。
- ●末梢神経障害の客観的評価は難しく、患者さんの感覚的な表現で評価されるので、変化や苦痛は隠さず教えて欲しいと指導する。
- ●末梢神経障害による知覚鈍麻がある場合は、打撲や熱傷、凍傷に気付きにくく、転倒などもしやすくなる。これら二次的な損傷を引き起こす場合があるので、身体の観察や事故に注意するよう指導する。
- ●末梢神経障害の重篤化は、生活の質(QOL)のみならず、長期にわたり日常生活動作(activities of daily living;ADL)に支障を生じる。頑張りすぎる傾向のある患者には、無理して治療を継続することより、休薬し回復を待ち、必要に応じて減量して続けることが治療成績に対してよいことを説明する。
- ●末梢神経障害が重篤化した場合、握力の低下、ハンドル操作やアクセル・ブレーキを踏む感覚の鈍麻など自動車の運転などに支障がある場合もある。公共交通手段の乏しい地方では、自動車は生活を維持する上で重要である。そのためにも、運転への注意喚起とともに重篤化させない介入が重要である。
【末梢神経障害の薬学的介入時に留意すべきポイント】
- ●患者指導は、痺れの有無だけではなく、どのような日常生活に支障をきたしているのか、生活習慣を考慮して聞く(例えば、ボタンのある服をあまり着ない患者、新聞や本をあまり読まない患者も多い。従って、趣味などが、これまで同様に行えているかなどを聞くことも有益である)。
- ●末梢神経障害性疼痛の評価は、NRS(Numerical Rating Scale)やVAS(Visual Analogue Scale)による痛み評価を行っている場合もあるが、NRSやVASによる痛み評価は、怒りや社会的な孤独感など心理的影響を受けやすい。更に、NRSの欠点として、患者の数字の好みに左右される。NRSの数値は、症状が重篤化してから医療者が“では6くらい?”と決めつけ、誘導するのは好ましくない。従って、日頃から数値の目安を伝え、数値の変化を追うことが重要である。
- ●末梢神経障害の医療者評価は、症状の過小評価が指摘されている。
- ●末梢神経障害の客観的評価方法として、患者用末梢神経障害質問票(Patient Neurotoxicity Questionnaire:PNQ)などが公表されているので、質問票を利用するのもよい。
- ●鎮痛補助薬は、眠気等の副作用を有する薬剤が多いため、メリット・デメリットを考慮して使用する。1~2週間程度を評価期間として漸増し、無効の場合他剤に切り替え漫然と使用しないことに留意する。
- ●シスプラチン投与患者では、累積投与量(300mg/m2以上)が多くなると、聴力が低下する患者が少なくない。患者は、十分聞き取れていない場合にも頷いていることもあるので、説明はゆっくり、低めの大きな声で、アイコンタクトをとりながら理解を確認して行うようにしたい。
参考:Kuroi K, et al.: Support Care Cancer. 2009; 17: 1071-80.
Shimozuma K, et al.: Support Care Cancer. 2009; 17: 1483-91.