DC-003996
タキサン系による末梢神経障害の対処法
【好発時期】
- ●末梢神経障害は投与する限り累積的に増悪し、投与終了後、半年、年単位で回復する。(特にGrade3の場合、回復は極めて遅い)
【初期症状】
手袋・靴下型の手足のしびれ、知覚異常などにより、日常生活において下記のような障害があらわれる。ほかに、口唇周囲にも症状がみられることがある。
<日常生活に支障をきたす障害の例>
・ 箸が使いにくい ・ ペットボトルのフタが開けにくい ・ リモコン操作が行いにくい
・ 字が書きにくい ・ ボタンの掛け外しがしにくい ・ ジッパーを閉めにくい
・ 鍵を開けにくい ・ 歩きにくい ・ つまづきやすい
【特徴】
- ●パクリタキセル/ドセタキセルなどタキサン系抗がん剤は、細胞分裂に必要な微小管に作用し、脱重合阻害によるがん細胞の細胞増殖を抑制する。神経細胞の軸索にも微小管があり、これが障害される。
- ●タキサン系抗がん剤の末梢神経障害は、神経細胞体が障害されるプラチナ系抗がん剤に比べ、これが保たれるので薬剤の中止にて回復の可能性がある。
- ●タキサン系抗がん剤の末梢神経障害は、プラチナ系抗がん剤と同様に用量依存性の感覚性ニューロパチーをきたす。手指のしびれ感で発症することが多いが、その特徴的な症状は、グローブ・ソックス型と言われる手袋と靴下の範囲に軽度の感覚鈍麻(hypesthesia)や感覚過敏(hyperethesia)、異常感覚(dysesthesia)などである。
- ●末梢神経障害を放置すると手足の運動神経障害にも発展し、起立や歩行に支障が生じる。
神経障害の分類
《パクリタキセル》
- ●総投与量700mg/m2を超えると発生頻度がより高くなる。
- ●末梢神経障害は、パクリタキセルの用量制限因子だが、日常生活に支障を生じるGrade3にならない限り、多くは休薬で回復する。しかし、治療終了後1年経ても症状が持続する場合もある。
- ●投与早期に生じる関節痛・筋肉痛と鑑別が必要である。関節痛・筋肉痛は、肩や膝・大腿関節の痛みとして生じることが多く、かつ1サイクル目から生じる。投与数日間の一時的なことが多く、NSAIDsが奏功する。外用貼付剤、外用塗布剤の併用も有効である。その他、芍薬甘草湯(7.5g/日)などが有効である場合がある。
- ●1回投与量が多く投与時間が短いと発生しやすい。つまり、パクリタキセルの血中濃度に症状発生は依存している。例えば、卵巣癌においてPTXのdose intensityを67mg/m2/weekと200mg/m2/3weekに整えた報告では、Grade3の神経障害の頻度が3週投与で多い(11% vs 29%)。
- ●アルブミン懸濁型パクリタキセル(アブラキサン点滴静注用)においても、末梢神経障害は60%程度の患者に発生する。
《ドセタキセル》
- ●パクリタキセルに比べ発生頻度は低い。
- ●1回投与量と総投与量に応じて発生するが、総投与量が400mg/m2を超えると重症化することが多い。
《カバジタキセル》
- ●海外第Ⅲ相臨床試験では、全グレードで14%の頻度で発生した。
参考:Shimozuma K, et al.: Support Care Cancer. 2012; 20: 3355-64.
Rosenberg P, et al.: Acta Oncol. 2002; 41: 418-24.
de Bono JS, et al.: Lancet. 2010;376(9747):1147-54.
【予防】
- ●よく歩くなど日常的な運動を推奨する。
- ●予防薬の有効性は期待しにくい。牛車腎気丸、ビタミンE、グルタミン、カルバマゼピン、アミトリプチリン、カルニチンなどの予防投与は推奨されない。
- ●前衛的な取り組みとして、投与中のサージカルグローブ、フローズングローブ、弾性ストッキングによる末梢神経障害の予防が行われている。
- ●確立された予防法はなく、発現早期から症状の変化を観察し、著しいQOL低下を招く前に該当薬剤の投与を中止する。
- ●治療開始前に、上記の初期症状に気がついたら医療者に報告すること、また治療終了後に症状が長期間残存する可能性について説明する。
- ●症状の観察には、日常生活動作の変化や生活上の問題点の聴取のほか、NRS(Numerical Rating Scale)※やVAS(Visual Analogue Scale)など評価スケールを用いて痛みやしびれを評価するとよい。
- ●早期発見と休薬・減量が重要である。卵巣癌におけるTri Weekly TC療法とdose dense TCを比較した国内第Ⅲ相比較試験(JGOG3016 試験)における減量基準は、Grade2(身の回り以外の生活動作への何らかの支障)の末梢神経障害から1段階減量を行う。つまり、Grade3にならないよう患者指導と観察を続ける。
※参考 NRSについて
(日本緩和医療学会ホームページ『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 2章 2.痛みの包括的評価)
参考:Hershman DL, et al.: J Clin Oncol. 2014; 32: 1941-67.
Tsuyuki S, et al.: Breast Cancer Res Treat. 2016; 160: 61-7.
Sato J, et al.: J Pharm Health Care and Sci. 2016; 2: 33.
Moulin DE, et al.: Pain Res Manag. 2007; 12: 13-21.
Tremont-Lukats IW, et al.: Anesth Analg. 2005; 101: 1738-49.
【治療方法】
- ●確立された治療法はなく、対症療法が中心となる。症状の程度に応じて、該当薬剤を減量・中止する。特に、QOLへの影響が大きいGrade3以上の症状を認めた場合は投与を中止する。
- ●鎮痛補助薬による治療が主流となる。しかし、鎮痛補助薬は、わずかな有効性と無視できない眠気等の副作用を考慮するとその有益性は多くない。
- ●プレガバリンやミロガバリンは、精神神経系に作用し眠気を有する薬剤なので、眠前から開始し、倦怠感やふらつき、眠気に対する忍容性を確認してから用量を増やしてゆくとよい。
- ●プレガバリンの末梢神経障害に対する有効性に関するエビデンスは、オキサリプラチンに対する有効性も含んでいる。タキサン系抗がん剤に対するこれら薬剤の有効性を過剰に期待しない。
- ●現状、牛車腎気丸は有効性が証明されておらずルーチンの適用は推奨されない。
- ●ガバペンチンは、吸収飽和(効果の非直線性)があることから、プレガバリンやミロガバリンと比べ推奨されない。糖尿病性神経障害における2剤のメタアナリシスでは、ミロガバリンがプレガバリンより有効である。
- ●非オピオイド鎮痛剤で治療困難となるような重篤な末梢神経障害の症状緩和にはトラマドールなどの適用報告がある。
参考:北本 真一 他: 日本病院薬剤師会雑誌. 2012; 48: 360-3.
二瓶 哲 他: 癌と化学療法. 2013; 40: 1189-93.
Arbaiza D, et al.: Clin Drug Investig. 2007; 27: 75-83.
Smith EM, et al.: JAMA. 2013; 309(13): 1359-67
Hirayama Y, et al.: Int J Clin Oncol. 2015; 20: 866-71
Alyoubi RA, et al.: Int J Clin Pract. 2021; 75(5): e13744
【リスク因子】
- ●糖尿病、多量飲酒者は増悪しやすい。
- ●プラチナ系薬剤(カルボプラチンやシスプラチン)と併用されることが多く、併用の場合、より低用量で出現する。
【末梢神経障害の発現頻度、時期(具体的かつ不安を煽らないように)】
- ●末梢神経障害は、投与量累積的に発生するので、一般に1サイクル目からは生じにくい。投与後数日間発生する関節痛と筋肉痛とは異なる。これには、NSAIDsが有効なので申し出るよう指導する。
- ●患者自身が症状に早期に気がつくことが出来るように、具体的な症状の徴候を説明し医療者へ早期に報告できるよう指導する。例えば、ボタンがはめにくい、新聞がめくりにくい、文字が書きにくい、箸をうまくつかえない、足裏のそわそわ感(砂利の上を素足で歩くような感覚)など。
- ●末梢神経障害の客観的評価は難しく、患者さんの感覚的な表現で評価されるので、変化や苦痛は隠さず教えて欲しいと指導する。
- ●末梢神経障害による知覚鈍麻がある場合は、打撲や熱傷、凍傷に気付きにくく、転倒などもしやすくなる。これら二次的な損傷を引き起こす場合があるので、身体の観察や事故に注意するよう指導する。
- ●末梢神経障害の重篤化は、生活の質(QOL)のみならず、長期にわたり日常生活動作(activities of daily living;ADL)に支障を生じる。頑張りすぎる傾向のある患者には、無理して治療を継続することより、休薬し回復を待ち、必要に応じて減量して続けることが治療成績に対してよいことを説明する。
- ●末梢神経障害が重篤化した場合、握力の低下、ハンドル操作やアクセル・ブレーキを踏む感覚の鈍麻など自動車の運転などに支障がある場合もある。公共交通手段の乏しい地方では、自動車は生活を維持する上で重要である。そのためにも、運転への注意喚起とともに重篤化させない介入が重要である。
【末梢神経障害の薬学的介入時に留意すべきポイント】
- ●患者指導は、痺れの有無だけではなく、どのような日常生活に支障をきたしているのか、生活習慣を考慮して聞く(例えば、ボタンのある服をあまり着ない患者、新聞や本をあまり読まない患者も多い。従って、趣味などが、これまで同様に行えているかなどを聞くことも有益である)。
- ●末梢神経障害性疼痛の評価は、NRS(Numerical Rating Scale)やVAS(Visual Analogue Scale)による痛み評価を行っている場合もあるが、NRSやVASによる痛み評価は、怒りや社会的な孤独感など心理的影響を受けやすい。更に、NRSの欠点として、患者の数字の好みに左右される。NRSの数値は、症状が重篤化してから医療者が“では6くらい?”と決めつけ、誘導するのは好ましくない。従って、日頃から数値の目安を伝え、数値の変化を追うことが重要である。
- ●末梢神経障害の医療者評価は、症状の過小評価が指摘されている。
- ●末梢神経障害の客観的評価方法として、患者用末梢神経障害質問票(Patient Neurotoxicity Questionnaire:PNQ)などが公表されているので、質問票を利用するのもよい。
- ●鎮痛補助薬は、眠気等の副作用を有する薬剤が多いため、メリット・デメリットを考慮して使用する。1~2週間程度を評価期間として漸増し、無効の場合他剤に切り替え漫然と使用しないことに留意する。
参考:Kuroi K, et al.: Support Care Cancer. 2009; 17: 1071-80.
Shimozuma K, et al.: Support Care Cancer. 2009; 17: 1483-91.