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シスプラチン、メトトレキサートによる腎障害の対処法
湘南医療大学薬学部 がん専門薬剤師 佐藤 淳也 先生
【好発時期】
急性腎障害は、投与量やハイドレーションの状況により好発時期が変わる。
シスプラチンでは50mg/m2以上、メトトレキサートは、500mg/m2以上の高用量の投与で、7-10日目に発生することが多い。シスプラチンの慢性腎障害は、累積投与量に応じて発生する。
【初期症状】
- 初期は自覚症状に乏しい。進行すると、尿量減少、体重増加、体液過剰(浮腫、胸水、腹水)などが認められる。
【特徴】
- ●がん患者における「腎障害」の要因は、抗がん剤による障害、腫瘍崩壊症候群、腫瘍自体による障害など多岐にわたるが、本コンテンツでは主にシスプラチン、メトトレキサート投与に伴う急性腎障害(AKI)について解説する。(抗がん剤全般による腫瘍崩壊症候群の対処法、分子標的薬による蛋白尿の対処法、腎障害に注目した抗がん剤投与のポイントも参照)
- ●原因部位により腎前性、腎性、腎後性に分類される。
- ●抗がん剤による腎障害は、抗菌剤やNSAIDsに次いで多く、薬剤性腎障害の15%を占める。抗がん剤ではプラチナ系抗がん剤とメトトレキサートが代表的である。急性腎機能障害を生じた癌患者の予後は一般に不良である。
参考:大園 恵幸, ほか.: 日本臨床. 2002; 60(増刊1); 493- 500.
- ●急性腎機能障害は、48時間以内に血清クレアチニン値が1.5倍以上または+0.3mg/dL以上増加するあるいは6時間以上、尿量が0.5mL/kg/hr未満に減少する(例えば体重50kgなら30mL/hr未満)などが指標となる。
- ●抗がん剤の急性腎機能障害は、血清クレアチニン値やGFR(糸球体濾過量:glomerular filtration rate)以外に、シスタチンC、β2ミクログロブリン、尿中NAG、尿中L-FABP、尿中蛋白、尿中アルブミンなどの検査値でも早期診断が可能である。
- ●シスタチンCは、体内の全ての有核細胞で一定量産生され、腎糸球体で濾過されて、近位尿細管で再吸収・分解されるため、筋肉量に影響しない血清マーカーである。GFRが低下するとシスタチンCは上昇し、その上昇度はGFRの低下を反映する。GFRの指標としてシスタチンCは敏感で、GFRが70mL/minから上昇する。ただし、腎障害疑いの場合に保険診療上3カ月に1回の測定が可能である。
- ●β2ミクログロブリンは、体内の全ての有核細胞の細胞膜表面に広く分布しており、腎糸球体を通過し、近位尿細管で再吸収され分解される。健常人では、ほとんど尿中排泄されない。尿細管に障害があると、尿中への排出が多くなり尿中濃度が高値となる。血清クレアチニンより4-5日早く上昇する。
- ●NAG:腎臓の近位尿細管上皮細胞のリソソーム内に多く存在している加水分解酵素である。尿細管が障害されるとNAG が逸脱するため、尿中に排泄され、薬剤性尿細管障害の尿中マーカーとなる。
腎障害の分類
《シスプラチン》
- ●毒性は投与後10日目に発症し、血清クリアチニン値の上昇、糸球体濾過量の低下、マグネシウム・カリウムの減少といった所見を呈する。
- ●50~100mg/m2の単回投与にて約3分の1の患者に毒性が認められるとされる。
- ●機序は明確ではないが、下記のような近位尿細管の障害が考えられている。
- ・遊離型シスプラチンが尿細管分泌によって腎より排泄される過程で、尿細管上皮細胞の側底膜側に存在する有機カチオントランスポーター(OCT2)を介して細胞内に取り込まれて、DNAに直接結合して尿細管壊死を引き起こす。
- ●用量依存性であるが、閾値は明確ではない。
- ●どの程度のシスプラチン投与量から大量ハイドレーション(2L/日以上)が必要かについては、明確な見解がない。一般的に、シスプラチン投与量が40-50mg/m2以上からレジメンに大量ハイドレーションを組み込むことが多い。
- ●シスプラチンを数日間に分けて分割投与する場合でも、毒性は軽減しないことも報告されている。抗癌剤の効果や副作用は、AUCに相関することが多く、分割しても同じAUCなら毒性は同様の可能性が指摘されている。
《メトトレキサート》
- ●高用量(500~1000mg/m2以上)で投与した場合には、メトトレキサートまたはその代謝産物である7-ヒドロキシメトトレキサートが尿細管に沈着することによって腎機能低下が惹起される。
参考:
- 厚生労働省.:重篤副作用疾患別対応マニュアル 急性腎障害(急性尿細管壊死). 平成19年6月(平成30年6月改定)
- 日本腎臓学会, 日本癌治療学会, 日本臨床腫瘍学会, 日本腎臓病薬物療法学会 編. :がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022.
- ライフサイエンス出版. 2022
- Shimizu Y.: Oncol Rep. 1997; 4: 591-3.
※現時点での各薬剤の保険適応については個別に確認が必要
- ●確立された治療法は存在しないため、腎機能評価と鑑別を適切に行い、予防と早期発見、対応に努めることが重要となる。
【予防】
- ●腎機能評価:下記のような指標をもとに経時的に評価を行う。なお、元々の腎機能が影響するため、治療開始前の評価も重要である。
-
・推定糸球体濾過量(eGFR):
栄養不良、極端なろう痩や肥満がなければ評価指標として推奨される。筋肉量が標準値と著しく異なる患者においては血清Cr値からのeGFR測定ではなく、蓄尿によるGFR測定などが推奨される。
Cockcraft-Gault式を用いて算出することが一般的である。酵素法によるCr値を用いる場合は補正(測定されたCr値に0.2を加える)が必要となる。
Cockcraft-Gault式 推算Ccr(mL/分)=(140−年齢)×体重(kg)÷(72×血清Cr)(女性は×0.85)
日本腎臓学会のGFR推算式(eGFR)
eGFR(mL/分/1.73m2)=194×血清Cr−1.094×年齢−0.287(女性は×0.739)
Jelliffe式
推定Ccr(mL/分/1.73m2)= -
・推定糸球体濾過量(eGFR):
- ●腎機能測定式には、各種方法がある。 生理物質であるクレアチニンの腎クリアランスがよく使用されるが、クレアチニンは、糸球体分泌によっても排泄されているので、 GFRを過剰評価している。これらのない最も正確な糸球体濾過量(GFR)は、イヌリンクリアンスである。しかし、イヌリン投与は複雑な 手順があり、日常診療における測定は煩雑である。
- ●血清クレアチニン値、年齢、体重を用いたCockcraft-Gault式は、健常者を元に作成されているので、るい痩のあるがん患者には、クレアチニンの産生量が少なく、腎機能を過小評価する可能性がある。
- ●Jelliffe式などは、がん患者を基本に作成されているが、日本人に当てはまる式がない。
- ●腎障害時のがん薬物療法ガイドライン(日本腎臓学会)では、患者が標準的な体格であれば、体表面積補正していないeGFRを使用することが推奨されている。eGFRは、1.73m2あたりの推定式なので、実際の患者の体格に合わせてeGFR(1.73m2)÷1.73×患者の体表面積(m2)が正しいGFRとなる。
《シスプラチン》
- ●大量補液:シスプラチンの尿中濃度低下と強制利尿による尿細管との接触時間短縮のため、大量補液が推奨されている。添付文書には、下記のとおり記載がある。(成人の場合)
- ・投与前:1,000~2,000mLの適当な輸液を4時間以上かけて投与
- ・投与時:投与量に応じて500~1,000mLの生理食塩液又はブドウ糖-食塩液に混和し、2時間以上かけて点滴静注
- ・投与終了後:1,000~2,000mLの適当な輸液を4時間以上かけて投与
- ●ショートハイドレーション:長時間の大量補液は入院を要し、患者の負担となる。そこで、腎機能・PS・年齢等を考慮し、十分な経口水分補給が可能(1,000mL/日程度)な患者に対して、短時間の少量補液を行うショートハイドレーションが推奨される。詳細については、『がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022』や日本肺癌学会の『シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き(https://www.haigan.gr.jp/modules/guideline/index.php?content_id=44)』等を参照する。
- ●利尿剤:強制利尿のため、必要に応じてマンニトール及びフロセミド等の利尿剤を投与する。
- ●マグネシウム:シスプラチン投与時には腎からの排泄亢進と消化管毒性により低マグネシウム血症が高頻度に発現するが、低マグネシウム血症は近位尿細管におけるシスプラチンの再吸収を促進することにより、腎障害を増悪させる可能性がある。そのため、マグネシウムの予防的投与が考慮される。
- ●シスプラチンの腎障害は、遊離型プラチナの最高血中濃度に相関する。シスプラチン点滴後の遊離型プラチナ濃度は、点滴終了後にピークとなり、2時間程度かけて低下してゆく。血漿タンパクと結合後のプラチナは、腎障害を生じにくい。従って、腎障害の予防には、投与後2時間以内に排泄される遊離型のシスプラチンを希釈し、いかに効率よく排泄するかにある。投与中の尿量確保を最大(100mL/hr、2400mL/日以上)とし、シスプラチンの投与時間を遅くする方がよい(1mg/kg/hr以下)。
参考:Sasaki Y, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 1989; 23: 243-6.
- ●腎機能低下患者に毒性軽減のため抗がん剤投与量を減量することが推奨される。
- ・ CDDPでは、GFR;60mL/分以上で通常量。60-46mL/分=75%、45-31mL/分=50%、30mL/分以下は、禁忌である。
(レジメンによっては、カルボプラチン(CBDCA)で代替する場合もある。CBDCAでは、GFR;60mL/分以上で、カルバート式※に基づいた、通常量が使用できる。透析患者では、GFR=5-10mL/分を代入したカルバート式を使用する)。
- ・ CDDPでは、GFR;60mL/分以上で通常量。60-46mL/分=75%、45-31mL/分=50%、30mL/分以下は、禁忌である。
- ●メトトレキサートでは、GFR10-50mL/分で50%に減量。10mL/分未満は禁忌。
※カルボプラチン投与量(mg)= 目標AUC(mg/mL・分)×(GFR[mL/分]+25) - ●利尿剤については、フロセミドとマンニトールが使用されるが、両者の優越については結論がない。
- Santoso JT, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 2003; 52: 13-8.
- Ostrow S, et al.: Cancer Treat Rep. 1981; 65: 73-8.
- Pera MF Jr, et al.: Cancer Res. 1979; 39: 1269-78.
- ●ハイドレーション量については、ハイドレーション量と腎障害の頻度は相関しないことも指摘されている。
参考:Stewart DJ, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 1997; 40: 293-308.
- ●ハイドレーションへのマグネシウムの追加は、8mEqあるいは20mEqの投与により腎毒性の発生率に差がないことが報告されている。 一般に、経静脈的にマグネシウムイオンとして10-20mEqの投与が行われるが、経口でのマグネシウム投与の有効性は示されていない。
参考:
- Miyoshi T, et al.: Support Care Cancer. 2022 ; 30: 3345-51.
- Willox JC, et al.: Br J Cancer. 1986; 54: 19-23.
- ●シスプラチンのハイドレーションに使用する輸液については、クロルイオンの補充が重要である。これが少ない場合、クロルと結合していない活性プラチナが増えるため、毒性が高まることが実験的に知られる。従って、シスプラチンを投与する際の輸液には生理食塩液が望ましい。
参考:Litterst CL.: Toxicol Appl Pharmacol. 1981; 61: 99-108.
*薬剤の詳細は各製品の電子添文をご参照ください。
参考:
《メトトレキサート》
- ●用量調節:明確な基準はないが、リスクベネフィットを考慮の上で用量調節が検討される。なお、腎機能障害のある患者には禁忌となっている。
- ●補液:添付文書には、下記のとおり記載がある。
十分な水分の補給(100~150mL/m2/時間)を行い、メトトレキサートの尿への排泄を促すよう考慮し、全尿量のチェックを経時的(6時間ごと)に行うこと。 - ●尿のアルカリ化:尿のpHが低くなることでメトトレキサートの結晶が析出しやすくなる(尿pHが6.0から7.0に上昇すると溶解度は5~8倍高くなる)ため、尿のアルカリ化が推奨される。添付文書には、下記のとおり記載がある。
500mLの補液あたり17~34mEqの炭酸水素ナトリウム(7%メイロン20mL 1~2管/補液500mL)をメトトレキサート投与前日からロイコボリン救援投与終了まで継続投与すること。 - ●利尿剤:利尿作用と尿のアルカリ化作用を持つアセタゾラミドの使用が推奨される。なお、尿を酸性化するフロセミドやチアジド系利尿剤などの使用は避ける。
【治療】
- ●鑑別:腎前性、腎性、腎後性の鑑別を行う。鑑別に有用な検査として、尿検査(Na濃度、尿酸濃度など)血液検査、血液ガス分析、 腹部エコーなどが有用である。
- ●治療:発症後は一般的な急性腎機能障害と同じ対応となる。
- ・被疑薬の投与中止
- ・水・電解質の調節
- ・栄養管理(カロリー・蛋白摂取量の管理、カリウム・食塩などの制限)
- ・病態が進行する場合は、透析療法を考慮する。
【シスプラチンによる腎機能障害のリスク因子】
- ●低アルブミン血症、喫煙、女性、高齢、他抗がん剤の併用、血清カリウム、心血管疾患の合併、糖尿病、進行がん、CDDP総投与量などがリスク因子をして使用することを推奨する。
- ・ 年齢は、1歳あたり1.03倍リスクが増える。
- ・ 低Mg血症は、尿細管におけるプラチナ濃度を増加させる。
- ・ その他のリスク因子としては、パクリタキセルの併用(オッズ=4.0)、喫煙(2.5)、低アルブミン血症(3.5)などがある。
(喫煙の腎機能への影響は、酸化的ストレスの増加と血管収縮が原因と考えられる)
- ●NSAIDsについては、関連ないという報告や腎障害のリスクを2倍程度に増加させるなど見解が分かれる。 COX-2選択薬の腎障害が少ないという根拠も弱い。シスプラチン投与患者にNSAIDsを使用する場合、リスクベネフィットを考慮し、短期的な使用にとどめ、代替できる場合、アセトアミノフェンを使用することなどを検討する。
参考:
- 日本腎臓学会, 日本癌治療学会, 日本臨床腫瘍学会, 日本腎臓病薬物療法学会 編.: がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン 2022.
- ライフサイエンス出版. 2022
- Stewart DJ, et al.: Cancer Chemother Pharmacol. 1997; 40: 293-308.
- Yoshida T, et al.: Jpn J Clin Oncol. 2014 ; 44: 346-54.
- ●シスプラチンは、悪心嘔吐と腎機能障害が注意すべき毒性です。
- ●腎障害の自覚症状は、「尿量が少なくなる」、「ほとんど尿が出ない」、「一時的に尿量が多くなる」、「発疹」、「むくみ」、「体がだるい」などです。
- ●嘔吐があると飲水ができず、電解質も変化してしまうため腎障害が強くなってしまう可能性があります。しっかりとした基本となる十分な制吐療法を行いますが、追加の吐き気止めをしっかり使用しましょう。食欲のないときでも、シスプラチンを使用した治療では、飲水(可能なら電解質と糖質を含む経口補水液)の励行が重要です。投与から3日間は、1日500-1000mL追加して飲むとよいでしょう。
- ●当日輸液を大量にいれたり、飲水励行を指導するのは、シスプラチンをしつかり尿として体外に排泄するためです。当日は、夜間も尿意が続くかもしれませんが、尿は我慢せず、排出しましょう。
- ●体重の変化にも注意しましょう。投与した補液が十分排泄されなかったり、シスプラチンの投与が複数回になり、腎障害が起こると、尿がしっかりでないことによる浮腫が起きるかもしれません。この場合、利尿剤を使用してゆきます。
- ●シスプラチンの累積総投与量が、体表面積1m2あたり300mgを超えると腎障害や難聴が起きるので、これを超えないようにします。しかし、これ以下の投与量でも腎障害や難聴が起こることありますので、気になる自覚症状を見落とさないようにしましょう。
- ●シスプラチンは、固形がんのキードラッグである。
- ●腎毒性と悪心嘔吐が、シスプラチンの用量制限因子となる。シスプラチンにより嘔吐が続くと、電解質失調や脱水にて腎障害は助長される。NK1受容体拮抗剤、パロノセトロン塩酸塩、デキサメタゾン、場合によりオランザピン併用による十分な制吐療法が必要である。
- ●ハイドレーションのポイントは、「どれだけ点滴するか」ではなく、「どれだけ尿が出るか」である。過剰なハイドーションに尿量が伴わない場合、体重増加となる。追加利尿剤の適用を考える。
- ●ハイドレーションは、外来でも適用可能なショートハイドレーションが行われる。これには、点滴での輸液量を1500から2000mL程度にすることが多い。この場合も患者には当日および数日間の飲水励行を勧める。
- ●ハイドレーションは、点滴でのマグネシウムの補充をしっかりと行う。
- ●ショートハイドレーションによる経口飲水は、補液効果の高い経口補水液が望ましい。
- ●るい痩のある患者の腎機能を血清クレアチニンに基づくクリアランスで評価していると腎機能を過小評価している可能性がある。